2004年3月号掲載 よしだともこのルート訪問記
第89回 新しい発想で電子出版の未来へ挑戦中
〜プロジェクト 電版〜
土井大信(どい だいしん)さん
有限会社電版 代表取締役
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プロジェクト 電版とは
新しい発想の「電子出版サービス」を提供するプロジェクト。電子出版というジャンルはすでに確立しているように見えるが、それは単に紙媒体を電子化するというものにすぎない。このプロジェクトでは、インターネットの特性を生かした新しい電子出版を目指しており、これを従来のものと区別して「電版」と呼ぶ。
2002年5月からベータテストとして公開している、インターネットを利用したオンライン執筆サービス「電版ブックス(http://www.denpan.org/)」には、2004年1月現在、合計5931の本が執筆されており、1日平均7300人もの訪問者がある。
このサービスを提供しているのが有限会社電版である。このプロジェクトがきっかけにもなり、2001年4月12日に設立された。主な業務内容は、出版物の企画・発行ならびに販売、Webサイトの制作(サイト企画・立案・プロデュース)、コンピュータシステムの構築およびその保守に関する業務である。Webサイトの制作においては、PHP、Macromedia Flashを取り入れたページの制作、更新・アクセス解析をする便利なツールなどの提供・開発に定評がある。
http://www.denpan.org/company/
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■新しい電子出版の形を目指した会社の設立!
よしだ(以下、Y):初めまして。龍谷大学で教員をしている知り合いから「面白い会社があるよ。設立から2年半が過ぎて、軌道に乗った様子なので取材してはどう?」と紹介されて、お話を伺いにやってきました。
大学を休学して、2001年4年に会社を設立されたそうですね。まずは、有限会社電版の業務内容と社員の数といった概要について紹介していただけますか?
土井さん(以下、土井):主な業務内容は、出版物の企画・発行・販売、Webサイトの制作(サイト企画・立案・プロデュース)、コンピュータシステムの構築と保守業務が中心です。
学校や企業などのWebページ制作や運用を請け負っているのですが、最近、大手企業のWebページ制作や、運用会社のコンペで採用されるなどで勢いがついてきました。これらの業務は、「プロジェクト電版」を成功させるという、この会社を設立した目的を実現するための収入を得るにも必要なものです。
社長として、夢を追うことと会社の存続の両立を図らねばならない難しさを感じつつも地道に行ってきたことが、設立から2年半たって、ようやく軌道に乗ったという感があります。
さらに2004年4月からは、立命館大学大学院在籍中の蔡昭(Cai Zhao)さんを事業部長に迎えて、国際交流事業部を発足し、通訳、翻訳者の業務依託に関する業務もスタートさせます。今後、多言語化ホームページの需要も増えていくでしょうから、この事業部を作ることも電版の大きな流れからは外れていないと判断しています。その結果、社員の数は1人増えて、社員4名とアルバイト数名という体制になります。
Y:社員4名の中に女性もおられるんですか。
土井:うちのWebデザイナー(1名)が女性です。Webアプリケーションは、デザインが重要ですから、彼女のセンスは貴重です。電版のページがやさしい感じになったのも彼女のおかげで、うちのWebがコンペで選ばれやすいのは、デザイナーもいるし、プログラマもいるしという風に、社員のバランスが取れているからです。
ベンチャーを夢見るLinuxプログラマは、デザインセンスのある女の子の友だちを持っておかないといけません。人生を踏み外してもいいという(笑)。
Y:人生を踏み外す?
土井:ベンチャーをやるというのは、ちゃんと就職するのがある意味普通だと思われている世間の考えから、はみ出ているようなイメージがありますので。
Y:電版という単語の語源は中国語ですか。
土井:いいえ。電版は、弊社によって商標登録(2003年9月26日登録 登録第4712123号)した言葉です。新しい発想での「電子出版」を指す用語として、一般名詞化するのが企業理念といえます。
中国の方に確認してみても、中国語でも「電版」という単語は存在しないらしく、日本と同様、電子的に何かを出版するのかなというとらえ方をするそうです。
「プロジェクト電版」の現状は、インターネットを利用したオンライン執筆サービス「電版ブックス」注1のベータテスト版を2002年5月に公開しています。システム構築には、Red Hat Linux 9の上にPHP注2とPostgreSQL注3などといったオープンソースのソフトウェアを組み合わせて構築しました。執筆者も読者も無料で利用できるもので、2004年1月現在、合計5931の本が執筆されており、1日平均7300人の訪問者があります。
そして現在、PHPなどのプログラムソースをまったく新しく書き直した「電版2(でんぱんツー)」のリリースに向けての作業を進めており、これを2004年中に出します(後述)。
■大学時代に文学部の研究会とパソコン授業補佐を経験
Y:土井さんは、現在も龍谷大学経営学部経営情報コースに在籍中だそうですね。会社設立までの大学時代は、どういう日々を送っていたのでしょうか。
土井:1回生のときはマルチメディア研究会に所属し、2回生の後半からはパソコン授業補佐のLA(Learning Assistant)という学生アルバイトの組織に所属していました。
LAは、コンピュータに詳しい学生が、アルバイトとして授業などのサポートを行う組織です。1回生のときにLAについて聞き、興味を持ちました。2回生の前期に話を聞きに行ったときは募集していないということで、結局、2回生の後半からLAになりました。
実は父が龍谷大学文学部の教授で、近世文学と情報出版学の研究をしていました。文学部の情報出版学の4回生が中心のマルチメディア研究会という組織があり、1回生のときには、その研究会に所属していました。
結果的には、それが非常によい経験となりました。コンピュータと、それ以外の何かにも詳しい人たちの話が聞けたことで、「コンピュータを触っているばかりではなく、それをどう活用するかが大切なんだな」と実感でき、その後の方向性も決まりましたから。
Y:それまではパソコン少年だったんですね。
土井:そうですね。高校のクラスも理系進学のクラスでしたし、家にもコンピュータがありましたし。コンピュータとの付き合いは、MSXを買ってもらった小学校4年からでしたから、結構長いですね。
その後、少しコンピュータからは離れていたのですが、高校生になって、家庭からもインターネット環境が使えるようになった時期に、再び使うようになりました。一貫して、技術的な面への興味のほうが強かったですね。
Y:なるほど。2回生の後半から始められたLAでは、どのような仕事をされましたか?
土井:当時LAの学生は、マニュアル班、Web作成班、プログラム班という3つの班に分かれて活動していました。私はマニュアル班のサブリーダーでしたが、飲み会の幹事として一番活躍したかなぁという感じです(笑)。
Y:週に何時間ぐらい働いて、時給はいくらでした?
土井:LAは、授業補助やトラブル対応を中心に働いて、時給は1000円でしたから、非常に良かったですね。でも、勤務日時に関係なく、LAの待機する部屋にいつも入り浸っていましたね。
そこに行くと、自分と同じような興味を持つ人に会えるという点が、大きな意味を持ちました。経営学部といういわゆる文系の学部にいると、コンピュータが好きな学生というのは、どうしても孤立するんですね。それでも、LAの集まる部屋に行くと、そこそこコンピュータに詳しい連中と情報交換できるので、楽しいんですよ。とくに1998年ごろというのは、インターネットの可能性が注目されていた時期ですからね。僕らの年は、僕を含めてちょっとマニアックなのが多かったようです。
Y:大学における「学生がたむろできる場所」ってすごく大切ですよね。龍谷大学は、理工学部が(滋賀県の)瀬田キャンパスにあるので、経営学部のある深草キャンパスには文系の学部しかないでしょう。だから、コンピュータに詳しい学生は、重宝されたことでしょうね。
土井:そうですね。当時は、この部屋はいつも午後10時ごろまで開いていて、LAがたむろしていましたね。いまも同じ部屋がありますが、当時のように夜遅くまで学生がたむろしていることもないようです。その意味では、場所があるだけではダメで、学生がいつも集まる場所だったことに、意味があったのだと思います。
僕がLA時代によくやっていた仕事は、学内の教員向け講習会の補助でした。当時はまだ、PCを使ったことのない教員の方も多くて、マウスを画面に当てるなど、笑い話のような操作も本当にあったと聞いています。
Y:その点、お父さまのほうは、自宅にPCに関するプライベートティーチャーがいるのですから、幸運でしたよね。
土井:そうですね。父は「コンピュータの技術的なことはどうでもいい。それを使って何ができるかに興味がある。どうなっていくかを考える」といって、PCの細かい操作はどんどん僕に投げていましたね。実は、父の研究に関するWebページの作成を依頼されて作ったとき、僕は大学受験の真っ最中だったんです(笑)。まぁ、だいたい決まっていたんですが……。
当時はまだ、Netscapeも長い時間をかけてダウンロードしないと使えない状態でした。TCP/IP接続用ソフトウェアもどこかから手に入れないと、自宅のPCからはインターネットに接続できません。いまから思えば、えらく遅いモデムでダウンロード注4していましたね。
Y:私も自宅では、TCP/IP接続用にTrumpet Winsockを入手して使っていました。メールを取り込んだ後に、いったん回線を切って、何通かのメールに返事を書いた後でまたつないだりしていました……。
土井:料金固定じゃないインターネットって、いまでは考えられないですよね。
1990年代後半というのは「これから大きな何かが来そうだぞ! 面白くなるぞ!」という期待を、インターネットにかかわっている人の多くが持っていましたよね。研究者だった父も新しもの好きだったので、研究分野である近世文学、情報出版学への影響や可能性というのを、2人でよく話し合っていました。
父は、近代文学の中でも、とくに乙女文楽注5に興味を持っていて、研究するだけではなく、乙女文楽を実践することで、ほかの研究者との差別化を図っていました。その乙女文楽に関するWebページをまず制作しました。また、近代文学に加えて、情報出版学の研究もしていたので、それを融合したものとして、乙女文楽と浄瑠璃人形の制作方法などをCD-ROMに収めていくような活動を始めていました。当時は、アーカイブを収めるメディアがCD-ROMでしたから、電子出版といった場合もそのようなパッケージメディアをターゲットにしていましたが、インターネットの出現と普及で媒体そのものが変化して、インターネット上に置くものへと変化を遂げたわけです。
以前、「電子出版」というキーワードで過去何年間もの新聞記事を調べたことがあるのですが、最初は「書籍出版支援システム」のような意味で使われていて、次にCD-ROM、その次がインターネットという風に、媒体だけではなく、用語自体の意味も時代とともに変わってきています。
また現在、松下電器やソニーが読書用端末を発売して、それで読める書籍が電子書籍として発売されていますが、これは、いったん紙の本になった作品を電子化するという考え方ですね。
そういった従来の考え方ではなくて、作家(著者)が書く段階から、本として発表する(販売する)段階、そして読者が利用する段階のすべての工程を、一貫して電子的に処理できるのではないか、それを電子出版(電版)と呼ぶというのが、僕らが話し合った方向性でした。
Y:なるほど。情報出版学をご専門にされていて新しいものに興味のあるお父さまと、その時代の最先端の技術動向にも精通した息子さんとの話は、さぞかし盛り上がっただろうと想像がつきます。それで、一緒に電子出版に関する会社を設立することになったのですね。
土井:はい。しかし、情報とは何か、新しい電子出版とは何かを一緒に考えていたその父が、会社設立の準備中に病に倒れてしまい、放射線治療も効かず急激に悪くなっていき、亡くなってしまいました。
そんな悲しみの日々の中で、僕一人で何ができるのだろうと思ったこともありました。しかし、引き返したくないという気持ちが強く、大学を休学して、この電子出版という世界に正面から挑戦することにしました。父が亡くなったのが2001年1月15日で、会社の設立がその年の4月12日です。
■個人の欲求をサポートし、出版の「インディーズ」を目指す
Y:先ほど、「作家(著者)が書く段階から、本として発表する(販売する)段階、そして読者が利用する段階のすべての工程を、一貫して電子的に処理できるのではないか」とおっしゃっていましたが、これは具体的にはどういうことでしょうか?
土井:紙の書籍における出版工程というのは、本を作る部分は電子化されているのに、最初と最後が昔ながらの方法で実現されているでしょう。つまり、誰に本を書いてもらうか決める段階と、本を売る段階がデジタル化できていないですよね。利用者が手にするのも、デジタル情報ではありません。
Y:確かに昔ながらの出版社では、基本の工程は変わっていませんね。著者は原稿をデジタルデータで提出してるし、編集者が版下を作る部分もデジタル処理されているにもかかわらず。
土井:また、読書用端末を使って電子データを読むスタイルも、やっぱり、昔ながらのやり方が基本にあって、唯一、紙で提供された媒体が別のものに代わっているにすぎません。それによるメリットは、保存スペースが少なくなることぐらいです注6。それは昔、木に文章を書いて保存していたのが、紙に変わったことで保存のスペースが少なくなったこととほぼ同じです。
一方で、たとえば、グーデンベルクが活版印刷機を発明して、1455年に聖書を印刷して広めたのは、ひょっとしたら「聖書を一般大衆に広めたい」という熱意が先にあって、それが活版印刷機につながったのではないかな、と考えるとします。すると、熱意が先にあれば、活版印刷機を発明できなかったとしても、別の方法で広める手段を考えたのではないかと思うのです。
それを現代に置き換えれば、電子媒体であろうが本であろうが媒体は何でもいいから、「出したい」という個人の欲求をサポートするというアプローチがあるべきで、それが電子出版には向いてると考えています。
プロジェクト電版では、最終的には、利用者に、ちっちゃい本屋とちっちゃい出版社を提供したいと思っているんですよ。出版工程をすべて電子化することで、それが可能になります。つまり、まず著者がインターネット上で書いて、自分で値段を付けて本を発表して、売れると代金回収もできるという仕組みを提供します。
もちろん、編集者不在の工程ですから、本の内容が玉石混淆になることは目に見えていますし、「良い本は良い編集者によって作られる」のが常識ではあるのですが、「本を発表したい」という個人の欲求はサポートできます。
しかも、本は「良い編集者によって、大衆向けに作られる商業出版」だけではありません。「商売にはならないから」と、出版社からは発行されない本が、電子出版としてなら発表できて、それを手にして有用な情報だと喜ぶ人も当然います。
Y:デジタルデータが手に入るほうがうれしいケース注7もありますしね。キーワード検索しながら読んでいくことも可能になって。
土井:そういう意味では、紙の本として買ったものに対しても、Webサイトにアクセスすれば、パソコンや携帯端末上で読めるような、そういうスタイルの紙の本があってもいいんですよね。
毎月、雑誌の記事を読みながら、「内容がWebで検索しながら読めたらどんなにありがたいだろう」と思います。目次はWebサイトで検索できるのだけど、本文は読めない。過去記事がWebで公開されているケースはほんの少しだけです。デジタルデータが存在することは分かっているのに、もったいないことですよね。
Y:とくに、雑誌記事って、たった1か月間しか本屋に置かれずにどんどん捨てられていくでしょう。
土井:すでに知識がある人は、ネット上の情報だけで必要な情報を取捨選択できますが、そのような力が付くまでは、雑誌の力は偉大です。テーマに沿って、体系立てて説明してくれますから、初学者にも理解できます。
Y:過去記事の電子データ化注8を行ってほしいですね。
土井:現在の出版社のほうが、我々のような者よりも、もっともっと面白いことができるはずなんですよ。
Y:電版さんが、過去からの資産を多く持つ出版社と協力し合うことで、いろいろできそうですよね。雑誌の過去記事を、電版が公開していくとか……。
土井:そうさせてほしいですよ。過去記事だからといって、必ずしも無料で公開する必要はありません。いまは課金の仕組みもあるのですから、ビジネスとしてやるならアクセス権を売ることもできます。
Y:なるほど。雑誌の過去記事公開は単なる一例としても、電版の仕組みを使えば、いろいろな可能性がありそうで、楽しみになってきました。
土井:一般書籍と電版は共存するものであるべきで、電子出版と紙の本は二者択一ではなく、どちらも存在意味があるものと考えています。
■多言語対応、著作権侵害対策を考慮した「電版2」のリリースを準備中!
Y:プロジェクト電版の今後について教えてください。
土井:「電版ブックス」はベータテスト版としていまの機能のまま運用を続けて、今年中にはまったく新しい「電版2」を出します。
ベータテストを通じて、問題点を探ることができました。そのうちの1つが、著作権の侵害に関するものです。作品をすべて読むわけにはいきませんから、「茶筅(ChaSen)注9」などを使うことで、「こういう単語が出てきたときは、著作権侵害の可能性がある」ということを自動的に報告するシステムを作れないかと考えています。
「電版2」は、blog注10の一種のような形で実現させます。多言語対応が可能な仕組みも含みます。
Y:楽しみにしています。今日は、興味深い話をありがとうございました。
注1 http://www.denpan.org/
注2 PHP
サーバー側で動作する、HTMLファイル内に記述するタイプのスクリプト言語。Apacheサーバーにモジュールとして組み込むことで、CGIとして使用できる。PostgreSQL、MySQL、Oracleなどといったデータベースとの連携に優れており、IMAP、POP3、HTTPなどのプロトコルを用い、ほかのサービスを利用する機能もサポートしている。
http://www.php.net/
注3 PostgreSQL
PostgreSQLは本格的なRDBMSで、問い合わせ言語としてSQLが使えるのはもちろんのこと、トランザクション、行レベルロック、副問い合わせなどの重要な機能もサポートしている。また、数千万件規模のデータも扱え、大量のデータ処理が必要な業務にも応用できる。
http://www.postgresql.jp/
注4 えらく遅いモデムでダウンロード
1995年当時のモデムの速度は、9600bps〜28.8Kbps程度だった。午後11時からのテレホーダイの時間帯にはプロバイダへのアクセスが集中してなかなかつながらず、自宅からはメールを読むにも一苦労だった。
http://www.ntt-west.co.jp/info/databook/34/
注5 乙女文楽
女性が1人で人形を操るスタイルの文楽。文楽(人形浄瑠璃)とは、日本が世界に誇る伝統的かつ高度な舞台芸術の1つである。明治5年(1872年)に大阪に創設された劇場名を基に「文楽」という名称が使われるようになった。文楽の特徴は、1体の人形を3人がかりで動かす「三人遣(づか)い」の様式にある。一方、乙女文楽は女性が1人で人形を操るもので、大正14年11月末に大阪市天王寺区の林二輝氏によって考案され、翌15年2月に公演し、乙女文楽の歴史が始まった。
注6 電子データを読むスタイルは保存のスペースが少なくなる
保存媒体が紙から電子に変わることで、そのメリットが生かせるのは、個人よりも図書館や病院である。図書館では、見てもらえるかどうか分からない本を買って並べるよりも、要求があったときに電子データを借りて利用するほうが効率的だし、病院では、読書用端末なら容易に消毒できる。土井さんいわく「紙から電子に変わることで保存のメリットを生かせるのは、もう個人じゃないですよ」。
注7 デジタルデータが手に入るとうれしいケース
筆者らが1999年に翔泳社から出した『ホップ!ステップ!Linux!』が、2003年12月に、eBook(電子書籍)として販売が開始された。販売Webにアクセスすると「立ち読み」として、この本の最初の50ページほどのデジタルデータが無料で手に入る。
http://www.seshop.com/ebook/
注8 過去記事の電子データ化
ルート訪問記の過去記事の電子データは、
http://unixuser.jp/articles/root/で公開中。
注9 茶筌(ChaSen)
フリーの日本語形態素解析器。1997年2月19日に、奈良先端科学技術大学院大学自然言語処理学講座がバージョン1.0正式版をリリースした。従来の形態素解析器JUMAN version 2.0を改良し、大幅に解析速度を向上させている。開発拠点である奈良先端科学技術大学院大学のある奈良県生駒市高山町が、日本有数の茶筌の産地であることから、この名前が付けられた。
注10 blog
語源はWeblog。静的なWebサイトではなしえなかった緊密で柔軟なコミュニケーションやコラボレーションで、サイトどうしの接続が可能となる。詳しくは、UNIX USER 2004年1月号の第1特集「Wikiとblogを乗りこなせ」参照。
●OS環境:Windows 2000 ProfessionalとRed Hat Linux 9とMac OS 9
実際に普段使っている端末はWindows 2000 Professionalです。Red Hat Linux 9(以下、RHL9)にVNCサーバーを立てて、Windows上から操作しています。
vimを使って複数のファイルを開くと、画面が狭すぎるのが難点です。画面切り替え器を利用すればいいのですが、RHL9マシンを別の部屋に置いてあることもあって、何となくそのままにしています。
普段使うソフトウェアはWindows用が多く、クライアントマシンとして利用するのは、どうしてもWindowsがメインになってしまいます。RHL9マシンからデータを持ってくるときなどはCygwinを使います(こうやって改めて見直すとかなり非効率ですね……)。
RHL9にはVMware+Windowsが入っていて、これは主にさまざまなWebブラウザの確認用として使っています。VMwareはVNC越しに使えなかった(たぶん設定をいじれば何とかなるのかも)ので、確認は直接RHL9の前まで行きます。
●シェル:bash
●シェルの設定:完全にデフォルトのまま
●エディタ:vim
これまでは、カスタマイズしていませんでした。「あぁ、カスタマイズしなければ」と思って、調べるには調べてあり、これから設定を行う予定です。
vim用のPHP関数辞書PHP.dictを使うと、関数名の補完をやってくれるので、たまに「アレ、正確な関数名は何だったっけ」というときに役立ちます。PHP.dictの詳しい情報は、次のURLを参照してください。
http://vim.sourceforge.net/scripts/script.php?script_id=534
設定には、.vimrcに次のように記述します。
autocmd FileType php :set dictionary=<PHP.dictまでの絶対パス>
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●そのほかのこだわり:
こだわりというほどではありませんが、configure時には、「--sysconfdir=/etc」と指定して設定ファイルをまとめるように気を付けています。
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