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2000年12月号掲載 よしだともこのルート訪問記

第69回 地域ネットワークを盛り上げるユーザーグループ
〜塩尻情報プラザ〜

「塩尻情報プラザ」は市民生活の利便性の向上や産業支援などを目的にした地域情報化の拠点です。ここを訪ねて、市民へのネットワーク環境の提供、とくに高速通信回線の整備を中心にお聞きしました。

竹村純(たけむらじゅん)さん
塩尻情報プラザや塩尻市のネットワーク構築、運営を担当
大原慎一郎(おおはらしんいちろう)さん
ネットワークコミュニティ塩尻(http://www.ncs.gr.jp/)、および長野Open Source User's Community(仮称)(http://osc.ncs.gr.jp/)
川西規夫(かわにしのりお)さん
竹村さんの厳しい指導のもとでネットワーク構築、運営を担当。その厳しい指導とは……!?
宮川英洋(みやがわひでひろ)さん
INAJINインターネット協議会(http://www.inajin.gr.jp/)、辰野町情報処理相談員(http://www.town.tatsuno.nagano.jp/)。現行メタル線の回線を使ったxDSL方式での通信実験を、最初に行ったプロジェクトに携わる
金子春雄(かねこはるお)さん
塩尻情報プラザ、主査
中島英美さん
塩尻情報プラザ勤務。写真を撮り忘れて似顔絵が描けませんでした。
飯田泉(いいだいずみ)さん
ネットワークコミュニティ塩尻(http://www.ncs.gr.jp/)、某プリンタメーカー勤務

 長野県塩尻市にある塩尻情報プラザ注1(以下、プラザ)は、同市によって2000年4月にオープンし、インターネットの無料体験、コンテンツ制作、企業活動サポートの実施と同時に、市内の光ファイバーネットワークの整備を進めています。
 まず最初に、この施設と塩尻市のネットワーク構築、運営を担当しておられる竹村純さん、川西規夫さんに、サーバー室とそれに隣接する管理者の部屋から順番に、プラザ内を案内していただきながら話をうかがいました。
 そのあと、宮川さんも加わり、夕食をとりながら取材を続けました。多くの興味深いお話をうかがえたのですが、その一部しか紹介できません。

■ギガビットで市内全域をルーティング

よしだともこ(以下 Y):まずは、サーバー室の紹介からお願いできますか?

竹村純(たけむらじゅん)さん(以下 TJ):プラザのサーバーやルーターは、現在は塩尻市全体、今後は長野県内のルーティングを行うことになるものです。ここは、塩尻市内の拠点である(塩尻市高速情報通信接続実証実験)だけではなくて、NSPIXP(国内のインターネット接続拠点)の出口にもなります。ここには、NTTの回線をメタルケーブルを300回線、光ケーブルを100回線引いています。地域IX相互接続実験プロジェクトにも参画しているので、そのルーティングのための設備も置いてあります。
 地方自治体の中では、これはまだ塩尻市だけだと思うのですが、市の予算で市内に光ファイバーのケーブルを引き回しています。総延長76kmで、接続されている個所は、ここプラザ以外に、市役所、市役所の支所が8、市内の全小・中学校が13、博物館が3、在宅介護支援施設が9の合計35か所です。
 35か所のうち18か所は、ギガビットでつないでいます。大学のキャンパス内をギガビットでつないでいるところはありますが、不特定多数の人が住む地域をギガビットでつないでいるところは、おそらく世界でもまだ珍しいと思います。いまは1Gbpsの速さですが、将来的には40Gbpsぐらいにまで増やしていきたいと思っています。
 ここで使われているのは、すべてスイッチングハブですが、それも普通のものではなくてバーチャルLANの機能を持っているんですね。スイッチで経路制御を行っているので、ホップ数が非常に短いという特徴があります。
 また、こちらのMAX TNT注2は、豊富な機能を搭載したマルチプロトコルWANアクセススイッチで、1台で同時に640回線分のダイヤルアップが受けられます。しかも、アナログ、ISDNまたはT1/T3フレームリレー回線の混在が可能です。T1もT3も、最大150回線同時にサポートできるお化けみたいなもので、定価ベースで1台約6,000万円もします。
 ここでは、基幹系は100BASEと1000BASEの光ケーブルでつながれていて、片方が切れても自動的に復旧するようになっています。

Y:日ごろ、なかなか見られない環境を見せていただき、ありがとうございます。

■サーバーは慣れているFreeBSDを選択

Y:そのお隣には管理者室があるんですね。

TJ:この5台が管理マシンです。サーバーは、この5台のマシンにプラスして、特定のドメイン名からしかアクセスできないようになっています。
 プラザは市役所の出先機関なので、市役所のセグメントのマシンが並んでいます。この部屋にいるのは技術スタッフです。私と川西君と大久保久恵さんの3人は、市から委託を受けて仕事をしています。
 サーバーはすべて、FreeBSD 3.2が動いています。これを選んだ理由は、FreeBSDが好きだからというのではなくて、昔からBSD系のOSを使っていたので、開発にはBSD系のOSが楽だったからです。もう1つの理由は、クラッカーはLinuxを狙う傾向があるので、BSD系なら狙われにくいと考えるからです。
 サーバーは、プライマリとセカンダリが7台ずつ、合計14台あります。この管理用には、5台のマシンの固定IPが用意されていますが、27台分はDHCPで確保していて、DHCPサーバーはノートパソコンにさせています。

■予想をはるかに上回る数の来館者

Y:プラザ内も、「研修室」、「マルチメディア工房注3」、「リラックス・ラウンジ」、「情報体験ギャラリー」といろいろな施設に分かれているようですね。

TJ:研修室には、40台のパソコンがあります。この部屋のマシンは、プライベートアドレスになっています。ここだけファイアウォールの中にあって、ここから外には出られないようになっていますので、必要に応じて、Webサーバー、メールサーバーを動かしています。つまり、メールの講習をする場合にはメールも送れるようにしますし、Webの講習をするときにはWebも見られるようにします。
 プラザや塩尻商工会議所、公民館などが企画した研修がここで実施されており、利用率は非常に高い注4ですね。
 マルチメディア工房には、インターネット用コンテンツやコマーシャルベースのコンテンツ制作のためのマルチメディア設備が用意されており、映像編集(動画、静止画)およびサウンド編集ができます。
 ここは、ギガビットでつながっていますから、ネットワーク上からコンテンツを取り込んで、ES(Edit Station)-7で動画のノンリニア編集を行い、そのままネットワークに流すような、そんなぜいたくな使い方ができます。デジタルビデオの生ストリームをバンバン流してやろうということです。
 リラックス・ラウンジには自動販売機があり、プラザで唯一、一般の人が飲食できる場所です。情報コンセントもありますから、自分のノートパソコンを持ち込んで使うこともできます。

大原慎一郎(おおはらしんいちろう)さん(以下 OS): 情報体験ギャラリーには、Macintoshが3台、Windowsが18台、プリンタが3台置かれています。
 ここもプライベートアドレスを使っており、メールの送受信はできません。Webは見られますからWeb Mailは使えるわけですが、SMTPやPOPを使ったメールは使えないということです。朝10時から夜10時まで、常に多くの来館者でにぎわっています。
情報体験ギャラリーには、月替わりのマシンを1台置いています。これは、毎月OSを替えており、7月がVine Linux、8月がFreeBSD 4.0、9月が超漢字2、10月がBeOS 5 Proです。
 これは、WindowsとMacintosh以外にも、いろんなOSがあることを示すのが目的です。大人は、見かけの違うマシンを見ると「このパソコンは使えないようだ……」と逃げますが、子供は先入観がないので、ログインだけしておくと、だれも何も教えていないのに、FreeBSD上のゲームをしていることがありました。

Y:月替わりでいろんなOSを見せるというのが、通っぽくていいですね。

OS:PC UNIXのCD-Rも実費で配布しています。配布しているのは、FreeBSD、Debian GNU/Linux、Slackware、Plamo、Red Hat、LASER5、Turbo、Vine、Kondaraで、ほかは要望に応じて用意できます。

Y:ところで、学校帰りの高校生の利用者が多いようですね。

NE:中島英美さん:平日の夕方は高校生や、仕事帰りの会社員が多いですが、平日の午前中や午後は、年輩の方や主婦の方が多いですね注5。休日になると、家族連れが増えます。

Y:市内の方だけが利用できるのですか?

NE:いいえ。利用者は市内の方に限定していません。84%が市内在住の方で、残りが近隣の方です。来館者は、4月3日のオープンから8月20日までですでに9,417人なので、このペースでいくと、初年度目標の1万5,000人を大きく上回ります。

Y:利用者の男女比はどんな感じですか?

NE:男性が65%で、女性が35%ですね。

Y:ほかの自治体もこういう施設の開設を希望しているのでしょうね。

NE:はい。注目されているようで、全国から視察にいらっしゃっています。

■塩尻市のネットワークの展開を盛り上げる人々

Y:竹村さんは、システム管理者として毎日、プラザに出勤されているんですよね。でも、市役所の職員というわけではないのですね。

TJ:ネットワークの世界では、「システムハウスCATの竹村」というほうが通じるでしょうね。もう10年以上前になりますが、JUNETといっていた学術ネットワークの時代に、cat.co.jpというドメインを取得しました。そのころ、私は、サイドビジネスで白馬のスキー場の近くのペンションのオーナーをしていたので、「日本で一番最初にネットワークにつないだペンション」でした。
 cat.co.jpドメインでは、その時代から日本全国の仲間といろんな研究を行ってきました。そういう意味で、塩尻市のネットワークというのは技術屋の目から見て、非常に興味があるからやっているということです。

Y:なるほど。それでここの管理者をされているんですね。

TJ:ここは、2年ぐらい前から設計してますが、まだ完成していなくて、今年度中に第一期の工事が完成する予定です。だから、管理者としてというより、設計、調整をやっている段階ということなんですね。

Y:塩尻市が竹村さんに、声をかけてこられたのですか。

TJ:塩尻市は、4年前に塩尻インターネットという、地方自治体直轄のプロバイダ事業をスタートさせました。全国初の利用費無料のプロバイダです。
 この計画にかかわっていたのが、モガミ電線の社長の平林浩一さん注6と、当時信州大学の石田朗さん(現在、山梨大学工学部コンピュータメディア工学科)と私の3人でした。平林さんが塩尻市の人で、私の古くからの知り合いだったので、手伝ってくれないかといわれて、5年ほど前の計画段階からかかわることになりました。
 塩尻インターネット注7は、単に接続環境を提供するほかのプロバイダとは違って、人材の養成にも力を入れています。塩尻に、市民のネットワーク利用を推進するコミュニティを作って、活動したいと考えたからです。
 プロバイダのサービスを開始したのが1996年8月2日で、その月末には「ネットワークコミュニティ塩尻注8(Network Community Shiojiri:以下、NCS)」の前身となる組織のメーリングリストができていて、その年の9月に、正式にNCSができました。今日、ここにいるのは、そのときにつかまった人たちです。

Y:どういうふうにメンバーをつかまえた(笑)のでしょうか。

TJ:平林さんと石田さんと私の3人が、それぞれ、1回でもメールのやり取りをしたことがある人をリストアップしていって、「こういうグループを作るから入れ、入れ」というダイレクトメールを書いて集めました。

Y:塩尻市のネットワークの展開は、かなりの部分、人やコミュニティの力で発展しているんですね。

TJ:市役所で「塩尻インターネットをはじめよう」といいはじめた張本人は、プラザ次長の米窪健一朗さんです。
 また、石田先生、平林さんと私の3人が、塩尻市役所の職員の何人かを教えていたのですが、金子さんはそのうちの一人です。市役所のネットワークというのは、金子さんが中心となって、自分たちで引いたもので、業者に頼んだものではありませんでした。

Y:自治体のネットワークといえども、ボトムアップで人の活動からスタートしていたのですね。金子さんが引かれた市役所のネットワークについてはあとで詳しくうかがいましょう。

■列島縦断型ギガビットネットワーク構想

Y:ネットワーク図の中に列島縦断型研究開発用キガビットネットワークというのがありますが、これについて説明していただけますか?

TJ:地方の自治体のいくつかは、塩尻のように、インターネット事業をスタートさせていますが、塩尻は他と大きく違います。JPNICの正会員として、ad.jpドメインをもらっていることで、こういう自治体は塩尻以外にはありません。ドメイン登録業務の委託会員であり、ドメイン収容サービスができます。IP割り当て業務委託会員であるため、域内のネットワーク設計、管理が総合的に行えます。
 ただし、大きな問題がありまして、塩尻インターネットおよび情報プラザは、OCNを上流プロバイダとした二次プロバイダです。そのため、たとえば、アメリカの最大のプロバイダ、AOLにここからメールを出すと、間に30以上もルーターがある状態です(2000年9月現在)。これは、現在の日本国内の経路制御が、NSPIXPの東京一極集中であることも原因の1つになっています。
 そこで、日本全域の新しい経路制御、ネットワーク構成として、分散IX機構への取り組みを推進することにしました。第一段階として、11月中に、塩尻と東京間を、直接、光回線で接続する予定です。当初は、塩尻とMINDデータセンターの間をATM 3Mbpsでつなぎ、MINDデータセンターからNSPIXPと、アメリカの両方に光回線でつながります。
 第二段階としては、MINDデータセンターからアメリカとNSPIXP2とJPIXに、スイッチでつなぎます。その結果、塩尻からも0.5ホップで日本の中心や海外につながるようになります。
 第三段階は、ここ1、2年のうちに実現予定なのですが、日本全域にわたる分散NSPIXP環境を作り、メッシュ状にスイッチでつなぎます。具体的には、複数地域(北海道、大阪、岡山、山梨、塩尻、富山、名古屋、三重、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど)を、スイッチでつなぎます。そこに、一次プロバイダが接続する形になるため、一次プロバイダ、二次プロバイダという形態ではなくなります。その結果、プラザは、広域情報の接続拠点の施設として機能するようになり、AOLへのメールも、間にルーターが8つ程度になり、速く軽くなります。
 そして、海外との通信が高速、大容量になり、大容量コンテンツが容易に手に入れられるようになれば、塩尻でのコンテンツ入手コストの削減や、先端技術の導入などの技術力の向上につながり、地域の活性化につながります。特に県内のCATV各社が、デジタル放送の中でも、首都圏の会社と張り合って、十分に実績があげられるだけの体力がつくようになります。

Y:期待しています。

■答えを見つけだすための方法を覚えてほしい

Y:竹村さんはずいぶん昔からネットワークに関係しておられたのですね。

TJ:私がもともと携わっていたのは、CPU内部アーキテクチャだとか、カーネルを作る仕事でした。そういう仕事の関係上、ネットワークにつながらないと仕事にならないため、村井純先生に手紙をだして、「つなぎたい」と騒いだのが一番最初です。
 それでつなぎはじめたわけですが、そのころはまだTCP/IPはドラフト段階で、いまはRFCになっている、いろんなプロトコルも何も決まってない状態でした。だから、そのころからかかわってきたメンバーは、それらを一緒に作ってきたようなもので、新しい技術だと思われていることも、すんなり頭に入ってきたわけです。しかし、川西君の場合この世界は3年前からですから、つまりある程度技術がかたまってから入ってきた。しかも、急激に発展して、かなり高度化されてきたところにです。それで、かなり厳しくたたき込んだわけですよ。
 私のポリシーは、「教えても無駄な人には教えない、教えて意味のある人には厳しく教える」ですから、はたから見れば、川西君をかなりいじめたわけで、それで、あんな漫画注9になったわけです。僕の教え方は、絶対、答えをいわないで、とにかく自分で考えて答えを見つけろと突き放す。

Y:3年前に、川西さんはそれまでの仕事を辞めて、竹村さんの弟子になられたと聞いていますが、竹村さんと川西さん注10の、お2人の運命の出会い(笑)というのは?

KN:塩尻市文化センターで技術交流会がありまして、それに私が参加したときにつかまりました(笑)。

Y:竹村さんは川西さんに、そんなに厳しいんですか?

TJ:とことん追及するよね。何度も泣きそうになったよね注11

飯田泉(いいだいずみ)さん(以下 II):竹村さんは川西さんに「サーバーをインストールしてみろ」といって、インストールが終わったら、「そこどうなってる?」、「ここおかしいんじゃないか?」、「どうしてだ?」というふうに聞くんです。

TJ:僕の考え方としては、いま、第一線でシステム管理をしているような人は、みんな、そうやって覚えてきたんですよ。そういう中で生き残ってきた人でないと、任せられないと思います。それでついてこられないのなら、それまでだよ、私は別の人に教えるからもういいよ、というふうに考えています。
 教えるほうとしては、答えを見つけだすための方法を覚えてもらいたいわけで、答えを覚えてほしいわけではないですね。方法さえ分かれば、答えは容易に見つけられます。たとえば、方程式にしても、なぜそうなるかの考え方が分かっていれば、公式を忘れても解けるでしょう。ネットワークにしても、カーネルのインストールでも同じですが、トラブルが発生したときの対応の仕方を論理的に考える力をつけてほしいのです。また、問題の整理が不十分では、高度な問題は解けません。必要な情報を自分で調べる手段を身につけておく必要もあります。
 ネットワークの世界だと、前段階として石田晴久先生の世代があり、第一世代といわれているのが高橋徹さん、村井純先生の世代なんです。主にネットワークのプロトコルを作ってきた第一世代の大きな問題は、自分たちは作ることに忙しくて、第二世代、第三世代に積極的に教えるという作業ができなかったことです。第一世代は自分たちが作ってきたように、第二世代、第三世代も自分で作れると思っていた。だから、いま、日本のネットワークを支えているのは、自分で食い付いていかないと誰も教えてくれない環境で、生き残った人なんですよ。
 現在は、第二世代と第三世代が、第四世代を教えるべき時期なんですが、やっぱり教えている余裕がない。なぜなら技術の進歩のほうが圧倒的に速くて、まぁ研究しているから速くなるんですが、人間の欲求は「より高速に、より快適に」を追求しているものだから、教えることに割く時間はほとんどなくて、自分の研究をすることでみんな手一杯。しかも、研究には多額の費用がかかるために、費用を捻出するためにも時間はとられる。
 この悪循環をどうすればいいのかは、私にも分からないし、それを考えている時間もないのが現実なんですよね。

Y:なるほど……。

■10年前に塩尻市に「情報新幹線」計画が

Y:最後に、金子さんから、塩尻市がプラザを作ったり、日本の自治体がまだどこもやっていない試みをスタートされることになったいきさつを聞けました。
 塩尻市が早い時期からネットワーク環境の構築に力を入れてきたのはなぜでしょうか。市長さんが乗り気だとか、非常に理解があったとか、何か理由かきっかけがあったのでしょうか。


金子春雄(かねこはるお)さん(以下 KH):前市長の時代、もう10年以上前になりますが、「塩尻に情報新幹線を」という話がでてきました。というのは、塩尻市からは、東京へも大阪へも3時間程度かかりますが、長野県長野市は上越新幹線が敷かれて東京から2時間になりましたから、この塩尻が陸の孤島になってしまう危機感を持ったからです。それで「情報新幹線」という発想がでたのです。現在の三沢光広市長は、この市政を引き継いで、3期10年目です。
 市役所をネットワーク化するきっかけとなったのは、塩尻市内に住む、モガミ電線の平林浩一さんが、1990年ごろだったと思うのですが、UUCPでネットワークにつながったBSDマシンを、市役所に置いて帰られたことでした。30分に一度、自動的に電話をかけて、メールを配送する設定がされていました。平林さんは、私たち市役所の職員に、電子メールというのがどんなものかを見てもらおうという目的を持っておられたそうです。この道具は「体験しないと語れない、とにかく使ってみよう」の世界ですから、とにかく使ってみろと。
 そのあと、市役所にLANを引き回しました。市役所の上の人たちに必要性を説得するためにも、ものを見せる必要があると考えたからです。土日を中心に、自分たちで市役所内にケーブルを引いていきました。

Y:期間はどのくらいかかりましたか?

KH:2週間ほどですよ。最初はすべて10BASE-2で、次第に10BASE-Tに変えていきました。全長400mにもなりましたので、リピータを買ってきて使いました。そのあと、外部との接続を専用線のIP接続に変えました。
 現在、市役所のLANはサーバー4台、DHCPサーバー5台、クライアントは、1人1台、合計300台程度です。
 平林さんと竹村さんと、当時、信州大学の石田さんの3人が、平成8年度(1996年度)スタートの塩尻インターネットの顧問でした。4年前というのが、時期的にもラッキーでしたし、平林さんのような方が、塩尻市内に住んでおられたのにも驚きました。

Y:人と人のつながりの不思議や、人と人がつながることで生まれる行動力のすごさを感じます。

KH:そうですね。このような背景で、塩尻の市役所のネットワーク環境はほかの市町村よりも進んでいますが、一番の問題が、使える人間を育てていくことですね。ただ、人間には幅があってもいいと思います。つまり、使える人と使えない人がいてもいいと考えています。
 しかも、役場ではまだ、法律として、最終的に紙の資料しか認めていないので、間で電子的に情報を公開しても、どこかで紙に印刷する必要があります。また、役場の場合は、作業をコンピュータ化して人を減らすわけにもいきませんから、従来の仕事の仕方は、これからも、世代が変わるまで続くでしょうね。

宮川英洋(みやがわひでひろ)さん(以下 MY):メーカーの場合だと、取引先から、「メールが使えないなら、ほかのメーカーに頼むよ」といわれて仕事が少なくなっていくと、使わないことの危機感は高まりますし、人件費を削減するために業務を電子化することは必須ですが、役所はそうはいかないのです。

KH:塩尻市の投資効果を一番回収できるのは教育面ですから、市内の全小・中学校に光ファイバーでつないで、教育への利用を推進するなど、教育にはとくに力を入れています。

Y:プラザにも制服を着た学生の利用者が多かったですね。

KH:プラザは、時間に余裕のある年輩の方や主婦にも積極的に使われています。彼らをITに誘って、うれしい思いをしてもらえるといいと思います。たとえば、年輩の方が、孫とメールを交換して距離が縮まってうれしく思うとか、ホームページ作りの仕事をすることで、年金にプラスアルファの収入を得るようなことです。自分が社会に役に立っていると思えることで、気持ちも若くなるでしょう。
 塩尻市が求めるものは、社会全体の情報化であって、いま、役場で働いている人の情報化だけではありません。若い人のほうが、年輩の方から、「ネットワークを利用してないのか」と、はっぱをかけられるかもしれませんね。
 塩尻市ではすでに「市政だより」のような、広報文書をPDF化してWeb上に置くこともやっています。市民から市長のところに届くメールは、2年前は10日に1通だったのが、いまは1日に1通の割合で届くようになっていますから、広報部門は、インターネットの市民への広がりを、実感として気がついていますね。

Y:塩尻では、列島縦断型ギガビットネットワーク構想の太い線が利用できるようになるとのことで、今後の発展が楽しみですね。今日はありがとうございました。

■塩尻・諏訪地域滞在でお世話になった方々

 プラザ取材後の数日間、塩尻や諏訪地域を中心に、講演会・展示会・宴会など各種催しに参加することができました。
 9月9日に塩尻市立体育館で実施された「システムプラザ2000」の展示会では、日本アイ・ビー・エム(株)出展の「身につけて使うパソコン、ウエアラブルPC」を体験したり、エプソンコーワ(株)の「組み込みLinuxのコピーシステム」の実演展示を中心に見学しました。信州Linuxユーザ会の「自由で無料なOS、Linuxの実演展示」のブースもありました。併設の「オープンソース地域コミュニティ大会in塩尻」(塩尻情報プラザ主催、長野Open Source User's Community、諏訪広域ネットワーク研究会共催、日本Linuxユーザ会ユーザ部会後援)という講演会にも参加しました。
 翌日の9月10日は少し観光も楽しみ、宮川さんたちに諏訪大社秋宮などを案内していただきました。
 このときオルゴール博物館(オルゴール生産では世界的シェアを誇る三協精機製作所が諏訪にある)にも行き、読者プレゼント用にキーホルダー式オルゴールを購入してきました(詳しくは172ページをご覧ください)。
 塩尻では、Open Source Toys Project(http://www.tomo.gr.jp/ost)が公開している型紙に基づいて作られたオープンソースの人形が私を迎えてくれて感動しました。
 最後になりましたが、今回の塩尻滞在では、いろいろな方に非常にお世話になり、有意義な時間を楽しく過ごせました。これからも、地域のネットワークコミュニティの方々の元気な活動と行動力に触れる機会を持ち、それを誌面で伝えていきたいという気持ちを新たにしました。ありがとうございました。

ネットワーク管理者はスパルタ教育で作られるの図

写真 サーバー室の様子
サーバールームの写真
図 塩尻市光ファイバーネットワークの中核が塩尻情報プラザ(2000年当時)
塩尻情報プラザのネットワーク構成図
  1. 塩尻情報プラザからのアップリンク環境
    ・列島縦断型研究開発用キガビットネットワーク(622Mbpsで松本ソフト開発センターに接続)
    ・NSPIXP2+ に3Mbps
    ・富士通長野システムエンジニアリング(infovalley)と相互接続1.5Mbps
  2. 塩尻情報プラザ内の主な施設
    ・ATMスイッチ Cisco LightStream1010
      622Mbps(OC-12 マルチモード SC)
      622Mbps(OC-12 シングルモード SC)
    ・ATMルーター(列島縦断型研究開発用) Cisco 7507
      ファーストイーサネット(100BASE-TX)
      GbE
    ・サーバー
      Authentication サーバー 4 GB 2台
      DNSサーバー 4 GB 2台
      WWWサーバー 20 GB 2台
      FTPサーバー 76 GB 1台
      RINGサーバー 326 GB 1台
      Newsサーバー 76 GB 2台
      Casheサーバー 40 GB 2台
      Sectionサーバー 20 GB 2台
    ・ファイルサーバー ORIGIN200 1 TB 2台
    ・マルチメディア工房
      コンテンツ作成・配信用システム
      ノンリニア映像編集システム
      音楽作成編集システム

  3. 塩尻市内光幹線網の主な施設
    ・アクセスネットワーク施設
      キガビットイーサネットLayer3スイッチ
      Cisco Catalyst 6506 Chassis
      Gigabit Ethernetインタフェース(1000BASE-SX)
    ・接続拠点用ギガビットイーサネットLayer3スイッチ
      Cisco Catalyst 2948G Switch
      塩尻情報プラザ設置のアクセスライン収容スイッチとGigabit Ethernet(1000BASE-SX)接続
  4. 塩尻インターネット接続機構の主な施設
    ・ATMルーター(インターネット用) Cisco7507
    ・市民アクセス用ルータ INS1500を9回線収容(207回線をサポート)

注1 塩尻情報プラザ
JR塩尻駅から徒歩5分程度に位置する、2000年4月にオープンした塩尻市の施設。情報体験ギャラリーは、市民以外も利用可。開館時間は午前10時から午後10時(日曜、祝日は午後6時まで)。毎週月曜、祝日の翌日、年末年始が休館。詳しくは、http://www.shinshu.ad.jp/参照。

注2 MAX TNT
ルーセント・テクノロジー社のMAX TNTは、高い集約度を必要とするインターネットプロバイダや企業に最適のリモートネットワーキング環境を提供する。

注3 マルチメディア工房の設備
Sony Edit Station、Adobe Photo Shop、Adobe Illustrator、Adobe Page Mill、Macromedia Director、Adobe Premiere、Adobe After Effect、ミュージ朗、Singer Song Writer、Roland H/W音源、Audio Pro、YAMAHA S80、YAMAHA GF24。

注4 研修室利用率は非常に高い
統計によると、春のオープンから8月末までで、約2000人がパソコン、インターネットの講座に参加したそうだ。2000年秋のプラザ主催の研修として、「はじめてのパソコン講座」(平日の午前10時〜12時、4回コースで受講料3,000円)、「はじめてのインターネット講座」(平日の午前10時〜12時、3回コースで受講料2,500円)を実施。

注5 情報体験ギャラリーの利用状況
年齢別では、高校生と20代が合計46%で圧倒的に多いが、40代以上も21%を占めており、若者だけの施設でないことが証明されている。

注6 平林浩一さん
平林さんは数々の名言を残しておられる。よしだが一番気に入った言葉はこれ。
「最近のOSには、次の2種類があるように思います。(1)WindowsやMacintoshに代表される、ユーザーがお金を払うためのOSと、(2)古典的なUNIXに代表される、ユーザーがお金を生み出すためのOS」 モガミ電線(株)平林浩一「UNIXの楽しみ」より。

注7 「塩尻インターネット」の利用状況
10月6日現在の総利用者数は6883名。法人利用者が322組織、個人利用者が6564名。人口比にして10%以上、世帯比にして34%。利用者増加は、1か月平均約100名。かなり高い割合といえる。

注8 ネットワークコミュニティ塩尻(NCS)
塩尻市が運営する「塩尻インターネット」は、その運用を利用者である市民の手にゆだねている。そのため、利用者の中から有志が集まり、運用方法、設備機器の管理、そしていかにインターネットを生活に生かしていくかの問題に対処している。その組織が、NCSである。NCSは2000年9月、「一般第二種通信事業者」に登録。

注9 あんな漫画
ネットワーク・コミュニティ塩尻の古籏一浩さん作の漫画「ノリオ」これには、第1話から第12話あり!

注10 川西さん
本文とは関係ないのだが、川西さんは、Maltronというキーボードを愛用しておられる。これは、イギリスからの通信販売で、375ポンド(約10万円)で買ったものだそうだ。竹村さんは川西さんと出会ったとき、すでに放っていた、そのタダモノでない雰囲気をかぎ取ったのだろう。

注11 何度も泣きそうになったよね
川西さん自身、修業の様子をWebで「管理者日記」として書かれ、隠れ読者から励ましのメールが届いていたらしい。

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Last modified: Mon May 21 14:02:42 JST 2007 by Tomoko Yoshida