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2000年9月号掲載 よしだともこのルート訪問記

第66回 コンピュータがつなぐ「ひと』と「ひと』のネットワーク
〜NPOプラザなごや、市民フォーラム21・NPOセンター〜

今回は、「NPOプラザなごや注1」の「市民フォーラム21・NPOセンター(以下、センター)」を訪ね、センターのサーバー類の立ち上げに貢献された松浦弘智(まつうら ひろさと〉さん注2、そして、現在、センターのサーバーやPCの管理を担当されている榊原淳一郎(さかきばらじゅんいちろう)さん注3を中心とした方々から、主にこのセンターのネットワーク環境の構築と運用についてお聞きしました。
 さらに、センターの事務局次長の石井伸弘(いしい のぶひろ)さん注4、つなぐねっとの秋松(あきまつ)さんからもお話を聞くことができました。

■全国初の民設民営型のNPOサポート施設

よしだ(以下Y):まずはこの施設「NPOプラザなごや」について、概要を簡単に紹介していただけますか。

石井さん(以下I):「NP0プラザなごや」は、「市民フォーラム21・NPOセンター」が管理運営主体となり、1999年5月に開設された、全国初の民設民営型NPOサポート施設です。各
フロアは5.5m×22.5mで、4階建てになっています。
 1999年5月の「NPOプラザなごや」オープン当時、入居していた団体数は、NPOオフィススペースに4つ、インキュベート(孵化)オフィスに2つという状況でしたが、この1年で、確実に増え続け、現在は大小合わせて23団体が入居しています。
 インキュベートオフィス(事務所の机椅子1セット)は、月に5000円で借りられますし、必要に応じて印刷機、コピー機、紙折機、パソコン、会議室が利用できます注6
 NPOプラザの平均利用者数は、1か月に1500名ですから、1日約50名が打ち合わせや作業で出入りしている計算になります。

Y:まさに人と人が出会う場所ですね。個人的には、名古屋駅から徒歩可能の距離だということ、ここで各団体は郵便物が受け取れること、1階がバリアフリーとなっていること、表の看板が手作りなのがいいなぁと思いました。

I:NPOのための地域の拠点作り、人と人のネットワーク作りは、センターの活動の1つで、NPO団体の社会的認知を向上させ、法人格の取得注7を働きかけるサポートも行っています。
 そのほかの活動の軸は、情報受発信、(市民活動にかかわる企業や行政との)パートナーシップ作り、NPOの活動相談・人材育成・組織運営支援、調査研究・政策提言などです。
 情報受発信の活動の中に、メールやホームページを利用した情報の受発信があり、そのためのネットワーク環境作りとサーバーおよびPCの管理を、松浦さんや榊原さんのようなボランティアの方にお願いしています。

「NPOプラザなごや」にオフィスを構える23団体(2000年7月現在)
市民フォーラム21・NPOセンター(NPO支援〉、名古屋NGOセンター(NPO支援)、自立のための道具の会(国際協力)、パートナーシップ・サポートセンター、AARPアープ(アルコール依存患者支援)、日中友好手をつなぐ会(国際協力・福祉)、子育て支援のNPOまめっこ(子育て支援)、田舎ぐらしネットワーク(環境)、ICAN(国際交流)、つなぐねっと(NPOコンピュータ支援)、NPO愛知ネット(インターネット情報支援)、世界の子供たちを貧困から守る会(国際協力)、グループはてな(国際協力・福祉)、「ボラみみ」より情報局注5(ボランティア支援)、師勝町青少年活動ネットワーク(青少年育成)、シュテルネ(国際交流)、えこわ一くStation(環境)、市民自治あいち21(政治への市民参加)、キャンヘルプタイランド(国際協力)、向日葵クラブ(中途障害者支援)、ドットJP(政治家インターンシップ)、外国人医療センター(在住外国人支援)、名古屋CAP(子どもの虐待防止)

■5団体が集まって専用線を引く

Y:榊原さんがここのサーバー管理のボランティアをされるようになったきっかけは、何だったのでしょうか。

榊原さん(以下S):ここの存在を知ったのは、1999年の4月ぐらいでした。新聞に「日本で初めて入居者がすべてNPO団体というビルが名古屋にある」と書いてあり、その記事にホームページのアドレスが載っていたので見てみたら「LAN管理のボランティアできる人募集!」と書いてあったので、さっそく応募しました。
 そのときにはもう、ここのネットワーク環境は、松浦さんが中心となって立ち上げておられたので、それを引き継いだ感じです。

松浦さん(以下M):ネットワ-ク環境については、私が立ち上げを担当しました。
 1997年12月に、名古屋を中心とした地域のNGO、NPOの5団体が集まって、専用回線(OCNエコノミー)を持とうということになりました。ちょうどOCNエコノミーができた時期でしたが、1団体で1本を持つのは無理だけど、5団体が集まればなんとかなるのではないかということで始まりました。
 その5団体とは、「市民フォーラム21・NPOセンター」、インドの貧困層への支援の「ソムニード・サンガム注8」、環境のことをみんなで語ろうという組織の「EcoLink注9」、「中部リサイクル運動市民の会注10」、地球サイズのリサイクルを目指した「自立のための道具の会注11」です。
 このうちの「市民フォーラム21・NPOセンター」と「自立のための道具の会」が、NPOプラザなごやにオフィスを構えています。
 5団体のためにFreeBSDのサーバー(マシン名はtea)を立ち上げまして、その上で一般のメールとメーリングリスト、そしてホームページを運用し始めたのが最初でした。

Y:松浦さんは、それらの団体に入っておられたのですか?それとも、ネットワークに詳しいからと、お声がかかったのですか?

M:私は「市民フォーラム21・NPOセンター」にかかわっておりましたので、半分、私が引きずるように、ほかの団体に対しても「5団体で割れば、なんとかなるよ」といって、実現させました。
 それで運用を開始して、軌道に乗ったのが1998年ということですね。1999年になって、私は大阪と名古屋を行き来するようになり、継続してメインテナンスすることが困難になりつつあったところに、ちょうど榊原さんが来てくださったというわけです。

■NPOが利用するサーバーの管理体験から

M:FreeBSDで動かしていた当初の外部サーバー(tea)は、非常に古いもの(5万円で買った中古のパソコン)でしたので、電源回りが不安定でした。

S:teaは、電源をいったん切ると、なかなか立ち上がってきませんでした。電源を何度もオン・オフして、やっと立ち上がるというもので、僕が何度やってもダメなのに、石井さんがやると立ち上がったり(笑)という具合で、非常に不安定なものでした。
 現在のサーバー(leafというマシン名)も、スペック的には決してよいものではなく、ここの入居団体が持っていたPCを、もう使わないからと寄付として譲り受けたもので、Pentiumの120MHz、メモリは36Mバイトですね。ハードディスクは、元の500Mバイトのものに、自分の家から持ってきた1Gバイトと500Mバイトを足して、2Gバイトにして使っています。
 新しいサーバーは自作したかったのですが、そのためのお金が集まらず、断念しました。
 これが本格稼働したのは2000年の春です。まずDNS(bind)を動かし、次にメールサーバー(qmai1)を動かして、Webサーバー(Apache)も動かすというように、段階的に動かしていきました。いきなり新しいものにすると、障害が起きたときに大変ですから。
 ホームページは、EcoLinkだけは独自ドメイン(eco-link.org)を持っていて、残りは、「市民フォーラム21・NPOセンター」のドメイン名(sf21npo.gr.jp)のサブドメインとして実現させています。Webページとメールはバーチャルドメインで設定しています。

Y:管理をされてきて、何か卜ラブルなどがありましたか。

S:メールを不正中継されてORBS注12に登録されてしまったこともありましたね。まず、ORBSから英文のメールが来ていて、驚きました。
 ここはPPPの回線は持っていませんから、プロバイダのアカウントでインターネットにつないで、sf21npo.gr.jpにリレ-してメ-ルを出したい人がいたので、その調査をするために、開けっ放しにしていた時期があったんですね。すると1週間ぐらいで、不正中継されてしまいました。
 いま、関係者に徹底しているのは、「メールのFromアドレスだけをsf21npo.gr.jpのほうにして、SMTPサーバーの設定には、プロバイダが提供しているSMTPサーバーの名前を書いてください」ということですね。

Y:なるほど。たしか「ORBSに登録されているところのメールは受けない」というサイトがありますよね。

S:はい。MTAの設定(たとえばsendmai1.cfの設定)とDNSの組み合わせでできます。実は僕の勤め先でも一時期、受け取らないように設定していたことがありました。

Y:ところで、leafのOSは何ですか?

S:LinuxのSlackware7.xです。その時期というのは、ちょうど、PlamoもVineもDebianも新しいのが出る直前だという端境期だったので、Slackwareを選択しました。日本語版のパッケージではないので、自分でソースを持ってきてコンパイルしたりして……。

Y:UNIX USERやLinux Japanの付録CD-ROMに、Slackware7.xが入った時期注13ですね。ところで、榊原さんがLinuxと出会われたのはいつですか。

S:最初にインスト-ルしたのは1995年の夏で、社会人になってからでした。
 私の学生時代というのは、まだNECのPC-9801が全盛期のころだったのですが、そのころから常にUNIXへの強い憧れがありました。学校にもUNIXワークステーションはあったのですが、学生は触らせてもらえませんでした。
 当時、大阪の日本橋の電気屋街に行くと、UNIXの上で動いていたコンピュータグラフィックスのソフトのデモが見られて、複数のウィンドウがどんどん起動して、ディスプレイなんかも19インチとか21インチの大きなものでした。UNIXはいかにも、企業が使う高価なコンピュータという感じでしたからね。
 あのころは、個人でC言語の開発環境を持とうと思っても、TurboCのパッケージなんかを買うと、お金がかかったじゃないですか。そんなときに、UNIX上にはフリーで提供されるCの開発環境(gcc)が存在している……というのを聞き、UNIXが使える環境を持っている人がうらやましくて。
 ついに1995年夏ぐらいになって「自分のPC/ATに、MINIXを入れよう」と思い立ち、パソコン通信(当時NIFTY Serve)のUNIXフオーラム(FUNIX)にそういうことを書いたら、「いまからだったら、MINIXではなくてLinuxにしたら?」といわれて、Linuxをインストールしました。
 インストールには成功したのですが、書籍などがまだほとんど出ていませんでしたから、その上では何もできず、結局Windows3.1に戻してしまいました。

Y:FreeBSDのサ-バ-(tea)はもう引退したのですか?

S:いえ。内部用のSambaサーバーと、内部用のDNSサーバーとして使っています。以前は内部用と外部用が一緒だったのを、内部用は完全に内部用にしてしまって、外部用のものを新しいサーバーで立てたということです。外部用のものにだけ、グローバルアドレスを付けています。

Y:コンピュータに詳しい人のボランティアの活動注14は、それを必要としている側にとっては、すごくありがたいでしょうね。

M:ボランティアをする側にしても、いろいろ試してみたいとか、勉強してみたいけれども、職場では勝手なことをするわけにはいかない人にとって、ありがたい経験の場となります。会社で仕事としてやっているのでは、自分の思いどおりのシステムはなかなか組めないじゃないですか。枠にはまってしまって。
 NPOの方では、実験的なことをやって感謝されるような面があります。それがモチベーションになって、ボランティアしたい人が増えてくれて、そういう両者を引き合わせたり、情報,を提供したりしていく仕組みは、どこかに必要だと思って活動しています。

Y:両者はいい関係ですよね。情報発信したいことがいっぱいあるけど技術がない人に、技術を提供しつつ、自分のやってみたかった実験や経験の場が提供されるわけで。授業料を払ってでも身につけたい技術が習得できて、それで感謝されるのですから。

S:実際私も、ここのボランティアでシステム管理をして身につけた技術がかなりあり、本業に役立っています。
 私は「派遣でも何でもいいから、とにかくルートの仕事がしたい!」と思ってさんざん探し回ったあげく、いまの大学のシステム運用管理の職にありついたわけですが、運用管理の仕事というのは「場を積む」ことが非常に重要ですよね。
 たとえば、障害対応なんてのは管理者の勘がものをいう場面が多いでしょう。で、自分は大学という1つのシステムしか知らないし、基幹部分の管理に携わった経験が少なかったから、けっこう技術的に不安な部分が多かったわけです。その不安な部分が、ここでの経験によってかなり埋まりました。
 自宅にはSolarisのPCが2台、LinuxBoxが1台あって、それでネットワークを組んだりしていたんですが、ユーザーが私1人だけですから「王様の電話注15」の話のような状態なんですよ。

Y:「王様の電話」の話のような状態?

S:「電話は面白い」と、町中の電話をすべて自分のところに集めた王様が「誰からも電話がかかってこない……」と泣く童話です。いくら立派なシステムを組んでも、ユーザーが自分1人だとなかなか問題は起きないため、「場を積む」ことが難しいのです。
 それに保守で大事なのは、予防保守でしょう。何かが起こってから対応するのではなく、起こることを予想して予防するという訓練が、小さな規模で経験できるわけで。
 しかも、ここは非常に出入りがしやすいし、週末に来られるのがいいですね。以前、別の団体にボランティアとしてかかわれないかと電話したら、オフィスが平日しか開いてないといわれたのですが、平日は本業の仕事がある私には、ここのように週末に作業ができると都合がいいですね。

M:榊原さんは、週末はいつもここに来ていますよね。

図 NPOプラザなごや/市民フォーラム21・NPOセンターネットワーク図(2000年当時)
NPOプラザなごや/市民フォーラム21・NPOセンターネットワーク図

■つなぐねっとの活動とNBUGの活動

Y:松浦さんは、NPO/NGOのコンピュ-タやネットワーク利用を支援するグループ「つなぐねっと」の事務局長、および、NBUG(Nagoya *BSD Users' Group〉代表だということなので、こちらについて紹介していただけますか。

M:つなぐねっとは、コンピュータのボランティアをやってみたい人を登録して、支援してほしいところ(パートナーと呼び、主にNPO/NG0が対象)を見つけて、そこにボランティアとして出かけていって支援している団体です。1996年6月に、名古屋大学の有志が集まって組織を作りました。
 ボランティアとパートナーとは、サポート「する」「される」の関係ではなく、常に相手と一緒に解決方法を考えていく役割を担っています。

Y:主にサーバー構築の仕事を受けるのですか。

M:いいえ。UNIXの知識が必要となるサーバー構築の仕事よりも、ホームページを作ってほしいというような相談のほうが多いですね。それでも、UNIXでサーバーを立てるというノウハウの共有が、つなぐねっとのメンバーの間でされてきて、たまたまBSD関係者が多かったこともあり「BSDのことを話すメーリングリストを作ろうか」ということになりました。
 それで、外に公開してニュースグループ(fj)でアナウンスしたら、BSDのコアな人が集まってきて、NBUGが立ち上がったという経緯があります。
 NBUGはそういう経緯でできたので、私が世話人のような形になっていて、毎月の例会注16の場所もここ(NPOプラザなごや)を使っています。ネットワークが完備されているので、使いやすいですからね。
 このようなユーザーグループも、いってみればNPOみたいなもので、人が集まってコミュニティに貢献しようとする動きになっていけば、面白いと思います。
 ちなみに、つなぐねっとのメンバーは、なぜか、BSDを使っている人とMacを使っている人がほとんどで、Windowsは非常に弱いんですよ。つなぐねっとの方はパートナーを見つけてサポートしていくこと、勉強会をすること、情報交換をすることを、会の目的にしています。

Y:名古屋大学の有志が集まってつなぐねっとができたといわれましたが、学生ですか?

M:はい。学生と元学生ですね。それから、東邦学園短大の成田良一先生に、非常にお世話になっています。
 NBUGはNLUGとも関係が深くなり、私も1999年4月にはNLUGに入りました。

S:私はNLUGの第1回の会合注17(1998年3月)から参加していますよ。NLUGでは、何度か名古屋の名物喫茶「マウンテン注18」での食事会を実施しています。

Y:ところで、つなぐねっとのサーバーは、どこにあるんですか。

M:つなぐねっとのサ-バ-は、「J&Tシステムズ注19」というソフトウェア会社の清田常治さんの協力を得て、そこに置かせていただいています。「J&Tシステムズ」は、大須という名古屋の電器屋街にあります。
 NBUGのWebページは、つなぐねっとのサーバーを利用しています。

■アメリカのパソコンボランティア運動の旗手を迎えて……

Y:秋松さんはつなぐねっとのメンバーなんですね。

秋松さん(以下A):はい。いろいろと勉強したくて入っています。

M:この夏、秋松さんはSKIP PROJECT注20の講習会で講師をされます。ここの講習会には、毎回、つなぐねっとからボランティアを派遣しています。アップルコンピュータが支援してくれているので、iMacを使ったパソコン講習会です。

M:秋松さんは、つなぐねっとが実施した、ダニエル・ベンホリン(Daniel Ben-Horin)さん注21の講演会のときからメンバーになられました。
 アメリカのサンフランシスコ地区で、つなぐねっとの活動と同じようなことをしている「コンピュメンター(CompuMentor)注22」という団体があり、そこの事務局長のベンホリンさんを迎えて、1998年の3月29日に講演会を実施しました。
 メンター(Mentor)とは、「お師匠さん」の意味なので、コンピュメンターとはコンピュータのお師匠さんという意味です。ここは、ボランティアを数千人規模で抱えているところなので、つなぐねっととは数では比較になりませんが……。
 ベンホリンさんは、日本では、仙台シニアネットクラブ注23での講演会を始めとして合計6か所で講演されたのですが、その名古屋の受け入れ口が、つなぐねっとでした。会の運営はすべて手弁当で。

Y:(つなぐねっと発行「コンピュメンター事務局長ダニエル・ベンホリン氏講演記録『メンターがつなぐひと・夢・未来』1998年8月発行」を読みながら……)つなぐねっとのメンバーの松浦さと子さんというお名前を、これまで何度か拝見したのですが、インターネットが市民にどのような力を与えるかというような文献注24を書かれていませんか?

M:はい。インターネットと市民活動関係の本を書いています。彼女は私の妻です。

Y:実は私もこういう研究をしているので、注目させてもらっていました。世の中、狭いですね。

M:つなぐねっとの活動は、彼女が社会科学的な面をサポートしてくれて、あと技術的な面を私がサポートしているという感じです。

Y:ところで松浦さんは、どういうきっかけでこのような市民活動を始められたのでしょうか。

M:名古屋大学(大学院人間情報学研究科)の院生のときに、研究室内でコンピュータボランティアで指導するうちに、さまざまな市民活動とかかわるようになりました。
 1995年の阪神大震災以後NPOが注目されて、1995〜96年ごろにはNPOが大学の世話になってネットワークを利用するケースが増えました。私が関係していた団体のメーリングリストやWebを、私の判断で大学の研究室に置いていた時期もありましたね、実験的に。
 その後、1997年になってOCNエコノミーができて、NPOでも頑張れば自分で線を持てるようになり、状況が変わってきました。

S:地雷の撤去でノーベル平和賞注25をもらったジョディ・ウィリアムズ(Jody Williams)さんという女性が、インターネットで活動していたことで、市民活動をしている人にも、その存在が注目されるようになったのではないでしょうか。

Y:企業では使われなくなったコンピュータを小・中・高校に寄付するとか、日本では使われなくなったコンピュータを海外に持っていくとか、そういう活動にもインターネットは役立つでしょうね。

M:実際、パソコンを海外に寄付するプロジェクトの1つに、Passo Project注26「世界のスラムにコンピュータ教室を!」というものがあり、日本から寄付されたコンピュータがブラジルに届いています。
 Passo Projectとは、「スラムの子供たちがコンピュータと市民権を学べる学校を作りたい」と考えたブラジル人の青年がスタートさせたものが、ブラジル全土に80校、合計1万2000人の子供たちが学ぶという、大きな市民運動になったものです。

■名大の学園祭で「FreeUNIXの集い2000 in名大」を実施

Y:今回(6月10〜11日)、NLUG、NBUG、名大関係部門という名古屋地区のメンバーが、日本Linux協会(JLA)ユーザー部会、kotolug、若草OpenBSD友の会、日本Sambaユーザー会、名大生協といった組織などの協力を得て、「FreeUNIXの集い2000 in名大」を実施されましたが、そもそも、どういうきっかけで、こういうイベントをすることになったのでしょうか。

M:半年ぐらい前から、名大の学生でNLUGやNBUGに参加されていたKaolin(足立香織)さんが呼びかけ始め、ほかのメンバーはそれに乗っかる形で企画を考えました。
 ちょうど、FreeBSDプロジェクト議長のJordan K.Hubbard氏と、Warner Losh氏(SOCKS v5 アプリケーション層ゲートウェイ/クライアント保守担当者)が、日本に来ておられた時期だったので、講演をお願いできました。
 学園祭の枠でイベントをするのなら、名大のサークルに入ってもらったほうがいいので、BSD関係者の多い「名大アマチュア無線研究会」に声をかけることになり、さらに「名大生協コープパソコンクラブ」と「名大情報メディア教育センターアシスタントスタッフ」にも協力をお願いしましたし、そのほかの団体の協力も得られました。

Y:各コミュニティが協力し合ってこういうイベントができるというのは、いいことですね。来年以降もこのイベントが続くことを期待しています。今日はどうもありがとうございました。

* * *

この記事の取材の翌日(6月11日)、私は「FreeUNIXの集い2000 in名大」に行きました。取材させていただいた、松浦さんや榊原さんも関係しておられるイベントの会場を見せていただこうと出かけていったのですが、そこで「名大生協」の荻野充さん(名大生協印刷・情報サービス部)をはじめとする関係者の皆さんに取材できるという好運にも恵まれました!
 ということで、次回も引き続き、名古屋地区での取材記事をお届けしますのでお楽しみに!


『FreeUNIXの集い2000 in名大』に参加して(よしだ)

 最終日の夕方、NLUG BOF「地域コミュニティを考える」と題するBOFが開催され、その後、同じ会場(南部生協)で親睦会が開かれ、名古屋地区のみならず全国から駆け付けたFreeUNIX関係者が、親交を深めた。
 筆者は、BOFでも親睦会でも、ヘラヘラしていてろくに意見をいわなかったのだが、各団体がこのように協力し合って、1つの形あるものを作リ出していることには感動し、「緩やかな協力体制注27っていいなあ」とつくづく思った。つまり、通常はべつべつの団体として活動している人々が、FreeUNIXというキーワードで結び付き、同じ場所にそれぞれの活動に関係ある展示をすることで、別の団体の活動を知り、別の団体の人々と知リ合うことが可能になっていたからだ。
 強いて注文をするなら、今後の課題は、「UNIXって何?」というような、ごく普通の名大生にも、この会場に足を踏み入れてもらえるような工夫が必要だということだろうか。WindowsでもMacintoshでもないOSの動いているコンピュータに群がっている集団というのは、よっぽど工夫しなければ近寄りがたいものだから一一。
 とにかく、かなり突然行って急に取材を始めたリ、「マウンテン(喫茶店)に行きたい!」といいだしたりした筆者の相手をしてくださった、イベントの関係者の皆さんには、とても感謝している。


地雷除去もネットワークの保守管理もNPO精神は共通
名古屋名物喫茶店「マウンテン」
注1 「NPOプラザなごや」
名古屋駅から徒歩10分程度の場所(名古屋市中村区名駅南1-20-11)にある、全国初の民設民営のNPOサポート施設。詳しくは、http://www.npoplaza.sf21npo.gr.jp/参照

注2 松浦弘智さん
NPO/NG0のコンピュ-タやネットワーク利用を支援するグループ「つなぐねっと(http://tunagu.gr.jp/)」の事務局長、および、NBUG(Nagoya *BSD Users' Group、http://tunagu.gr.jp/nbug/)代表。

注3 榊原淳一郎さん
NLUG(Nagoya Linux User Group)所属。本業は大学でネットワーク管理。

注4 石井伸弘さん
名古屋大学在籍中に学生の環境活動をしていたことがきっかけで、専従職員になられたそうだ。

注5 「ボラみみ」より情報局
「ボラみみ」とは、名古屋圏のボランティア情報・イベントを紹介している小冊子。

注6 印刷機、コピー機、紙折機、パソコン、会議室
それぞれ利用料金が決められていた。取材をさせていただいた1Fの打ち合わせ・作業スペースの利用料金は無料だった。

注7 法人格の取得
1999年度、NPOに関する市民からの相談が、約100件あったそうだ。「市民フォーラム21・NPOセンター」は、1995年に「市民公益活動を名古屋で討論会」という組織としてスタート。1998年12月に愛知県にNPO法人格申請を行い、特定非営利活動法人となっている。

注8 「ソムニード・サンガム』
「ソムニード・サンガム」は、インドのベンガル語で、「サンガム」は、感謝という意味だそうだ。本部は岐阜県高山市にある。

注9 「EcoLink」
メーリングリストとホームページを利用して、環境について情報交換し、環境活動をよりよいものにしていこうとする組織として1995年9月に設立。詳しくは、http://www.eco-link.org/参照。

注10 「中部リサイクル運動市民の会」
使い捨て社会や環境破壊への危機感から、1980年にスタートして以来、「誰もが参加できるシステムの場作り」を基本理念に、さまざまな活動を実施している。詳しくは、http://www.es-net.sf21npo.gr.jp/参照。

注11 「自立のための道具の会(Tools For Self Reliance JAPAN)」
イギリスに本部のある団体の日本組織。日本で使わなくなったナタやノコギリなどを、生活のために道具を必要としている発展途上国の人に送る活動を実施している。詳しくは、http://www.tfsr.sf21npo.gr.jp/参照。

注12 ORBS
SPAMだけではなく、第三者からのメール中継ができてしまうサイトを片っ端から登録していく。the Open Relay Behaviour-modificaton Systemの略。
MAPS(Mail Abuse Prevention System)のRBL(Realtime Blackhole List)も、同様のサービスを提供している。

注13 UNIX USERやLinux Japanの付録CD-ROMに、Slackware 7.xが入った時期
2000年1月8日発売のUNIX USER2月号、1999年12月24日発売のLinux Japan2月号の付録CD-ROMに、Slackware 7.0が入っていた。

注14 コンピュータに詳しい人のボランティアの活動
小・中・高校での「コンピュータに詳しい人のボランティア」の必要性はかなり高いと思う。8月26目と27日の2日間、早稲田大学を会場に「インターネットと教育フェスティバル2000」が開催され、筆者も参加する。詳しくは、http://forum.k12.gr.jp/参照。

注15 「王様の電話」の話
正確には『にゃんごろおうさまとでんわ』(いわせたまみ著/いもとようこ画、偕成社1993年、1,000円)という童話。

注16 NBUGの毎月の例会
当初、NBUGの主な活動はメーリングリストでの情報交換だったが、2000年1月23日の第1回例会以降、毎月例会が実施されている。2000年6月25日に実施された第6回例会の内容は、「IPv6の実演」「Darwinデモ」「Jordan K. Hubbard氏講演ビデオ上映」だったそうだ。
NBUGについては注2も参照のこと。

注17 NLUGの第1回の会合
第1回の会合は1998年3月21日と、Linux地域コミュニティの中では比較的早い時期にスタートしている。
2000年2月19日実施の第5回NLUG勉強会の内容は、「Linuxのみを使ったRealSystemの構築/講師:たなかとしひさ」と「Linux DTM/講師:ささやま和宏」と「PC-Unixで楽しむMP3/講師:野首貴嗣」だったそうだ。

注18 喫茶「マウンテン」
名古屋大学から比較的近い場所にある、名古屋が誇る名物喫茶店。独自のニュースグループ(japan.kissa.mountain)を持つ。筆者は、6月11目の昼、FreeUNIXの集いに集まった方と昼食に訪れた。ここに食事をしに行くことを「登山する」という習慣があるらしく、このときの登山隊長はNLUGの斎藤さんだった。注文したものが食べられた人は「登頂に成功した」と自慢げだった。
営業時間など詳しくは、http://www.asahi-net.or.jp/~WF5T-HRD/mountain/index.htm参照。

注19 「J&Tシステムズ」
本社は名古屋市中区大須にあり、清田常治さんは、「有限会社J&Tシステムズ」の取締役。詳しくは、http://www.jt-sys.co.jp/参照。

注20 SKIP PROJECT
障害者と高齢者のためのパソコン講習のボランティア団体。詳しくは、http://www.asahi-net.or.jp/~fy6k-kky/skip/参照。

注21 ダニエル・ベンホリン(Daniel Ben-Horin)さん
アメリカのパソコンボランティア運動の旗手であるコンピュメンターの創設者・事務局長。

注22 コンピュメンター(CompuMentor)
ベンホリン氏が創設し事務局長を務めるコンピュメンター(本部:米サンフランシスコ、http://www.compumentor.org)は、NPOや学校向けにコンピュータ技術支援のボランティアを派遣する市民団体。

注23 仙台シニアネットクラブ
詳しくは、http://www.zundanet.co.jp/seniornetclub/参照。仙台のシニアネットの活動についても紹介された書籍に、「夕陽は沈まない〜豊齢社会の構築〜」河北新報社編、ミネルヴァ書房、1996年9月発行がある。

注24 松浦さと子さんの書かれた本
松浦さと子編『そして、干潟は残った〜インターネットとNPO〜』(リベルタ出版1999年10月発行)。

注25 地雷の撤去でノーベル平和賞
1997年10月、世界から地雷をなくす運動をしている「地雷禁止国際キャンペーン」というグループと、このグループの代表のジョディ・ウィリアムズ(Jody Williams〉さんが、ノーベル平和賞を受賞。

注26 Passo Project
詳しくは、Passo Project Home(http://www.jca.apc.org/passo/)参照。

注27 緩やかな協力体制
今回の「FreeUNIXのつどい」の実行委員会は、その後、TOSC(Tokai Open Source Community)を作られた。詳しくは、http://www.nu-net.or.jp/tosc/参照。

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Last modified: Mon May 21 14:07:12 JST 2007 by Tomoko Yoshida