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第37回 一歩踏み出す勇気がルートへの近道?!



1998年2月号 UNIX USER誌掲載「ルート訪問記」の過去記事

第37回 一歩踏み出す勇気がルートへの近道?!

今回は、同志社大学 [注1] 工学部電気系応用数学研究室 [注2] 
の助教授である梶原健司(かじわら けんじ)さんを訪ね、同研究
室のネットワーク構築や、LUS(Linux Users Survey)プロジェク
トの話を中心にお聞きしました。


==========
[梶原 健司さんからの新規コメント]

1998年から1999年にかけて、Linux を始めとするオープンソースソ
フトウエアやそれに関連するコミュニティの存在が社会的に認知さ
れ、また、さまざまな商用ソフトウエアやサービスが本格的に市場
に出てくるなど、まさに私が願っていた通りの展開になりつつあり
ます。関係者の方々の強い意志と大きな努力に深く感謝したいと思
います。この方向性が今後きちんと定着することを望んでやみませ
ん。

私の研究生活に Linux は欠かせない道具になっていますが、教育
のための道具としても重要です。与えられたことだけを一生懸命覚
え、そのご褒美として単位を取り、よい会社への学校推薦をもらう
ことを「学ぶ」ことだと思っている学生は、残念ながらどんどん増
えているようです。しかし、Linux との出会いが刺激になり、大き
く変わる学生もいます。今後も Linux との出会いを一つのきっか
けとして、学生に主体的に学ぶ楽しさを知ってもらいたいと思って
います。

(1999.8.10 梶原 健司)
==========


*応用数学研究室に着任して……

私(以下Y):お久しぶりです。まず最初に、同志社大学のネット
ワークについて教えていただけますか。

梶原さん(以下K):同志社大学学術情報センター(以下センター)
という機関がメインとなり、学内全体のネットワークが本格的に動
き出したのは私が着任した’94年4月のことです。外部にIP接続さ
れたのもこの時期ですから、遅かったといえるのではないでしょう
か。現在では、今出川キャンパスと田辺キャンパス間が6Mbpsの専
用回線で結ばれるなど、ハードウェアのインフラは充実しています。

 ただ、ネットワークという文化が浸透するには年数がかかります
ので、大学全体の文化となるまでには「あと数年かかるかな」と感
じています。また、すでに(グローバル)IPアドレスの枯渇が問題
になってから(本格的に)ネットワークが構築されたこともあり、
IPアドレスの絶対数が不足しているという問題も抱えています。具
体的には、本研究室(応用数学研究室)は教員が3人、学生は学部
4年生と院生が合わせて30人程度という規模ですが、IPアドレスは
教員1人当たり1個、合計3個しか与えられていません。

 私が以前在籍していた大学では、実質的に必要なだけIPアドレス
が使えましたので、「IPリーチャブルなネットワーク環境で、電子
メールをバンバン書きながら共同研究する」というスタイルでした。
しかしここでは、壁の情報コンセントまでは用意されていたものの、
それを使う環境が整っておらず、「研究室のネットワークをどのよ
うに構築しよう……」という話し合いの段階だったのです。自分で
やらなければ仕方がないという感じで、何度も徹夜してネットワー
クを構築しました。

Y:それまで当然のように使えていた環境がなくなったことで、
「やらなければ仕方がない」という気持ちはよく分かります。しか
し、ネットワークの構築と研究活動との両立は大変だったでしょう
ね。

K:実験屋が実験道具を自分で作るのと同じで、理論屋は研究道具
である計算機の環境を作るのが仕事の一部なんです。だから、「本
業との両立が大変」という感じではなく、「ここで環境を作り上げ
ないと何もできない。これも自分の仕事の一部だ!」という状態で
した。

Y:なるほど。梶原さんは理論屋さんだったのですね。ネットワー
ク構築の具体的なお話の前に、梶原さんの本業について説明してい
ただいた方がよさそうですね。学校案内に書かれている梶原さんの
研究内容は、「数理物理学、数理工学、とくに離散力学系の理論と
その応用解析」ということですが……。

K:ソリトン [注3] という言葉をご存じでしょうか? これは、
ある種の極めて性質のよい波動現象(水の波、電磁波など)のこと
です。一般的に、波には伝搬すると広がっていく性質があるため、
1つの孤立した波がそのまま伝搬するのは難しいとされています。
19世紀に「安定した孤立波も存在する」ことが分かったのですが、
当時としては別に画期的な発見でもなく、その後長い間忘れ去られ
ていました。

 ところが第2次大戦後、物理学者がエルゴード問題をコンピュー
タで実験しているうちに、まったく予期しなかった現象が見つかり
ました。しかも、その現象が19世紀に発見された波動現象と本質的
に同じものであることが分かったのです。見つかった波動は、衝突
しても速度や高さなどの個性を保つなど、粒子的な性質を併せ持っ
ているためソリトン(soliton=solitary+on)と名付けられまし
た。

 また、その背後には非常に豊かな数理的構造があることが分かり、
理論物理学を含む広い意味での数理科学全体に大きな衝撃を与えた
のです。私は、このような非線形の波動現象の背後に隠れている、
数理的な構造の研究を行っています。

Y:数学的な計算と自然界の物理現象がリンクしているなんて、す
ごいですね。

K:いえ、本来数学というのは自然界の物理現象と密接にかかわる
ものなのです。しかも、ソリトンがノイズに対して極めて安定して
いるため、光ファイバを用いた次世代高速通信にも使われようとし
ており、現在実用化段階に入っています。理論屋からすると、これ
はとてもうれしいことなんですよ [注4]。光ファイバによる通信
には、従来の伝統的な通信方式と、ソリトンを使った通信方式 
[注5] があります。両者はまったく異なる方式のため、標準とな
るべく競い合っている状態だと聞いています。

 また、このソリトンの数理的構造は抽象的ではなく、非常に具体
的なものです。たとえば、ソリトンを記述する方程式の解は、三角
関数や指数関数などで具体的に表せます。ただ、研究には莫大な量
の計算が必要となり、計算機上で数式処理ソフトウェアを利用する
ことが有効なわけです。

 ここで強調しておきたいのですが、ソリトン理論がこれだけ成功
を収めた一因は、「異なるアカデミック・バックグラウンドの人が
交流した」ことにあります。最初に理論物理の人が注目し、数学や
工学の人が入り、意見を交換しながらよりよいものを作り上げてき
ました。ある分野の価値観に閉じこもってしまう、つまりもっとも
らしく聞こえる「○○でなければ××学ではない」となってしまう
と、本質的に新しいものは生まれてこないと思います。

 インターネット環境も、「専門で閉じてしまいがちな学問分野の
間をオープンにする」という非常に優れた性質を持っていますよね。

Y:そのとおりですね。梶原さんにとって、「計算機上での数式処
理ソフト」と「インターネットの利用」が、いかに必要不可欠なも
のであるかよく分かりました。では、ネットワーク構築の話に戻り
ましょう。

K:まず、サーバー用にSPARCstation 20(以下SS 20)を導入し、
当時、研究室にいた広瀬 [注6] に全面的に任せました。実際には、
SS 20にX端末2台とLinux2台を接続し、簡単なLANを作りました。
ここで使えるIPアドレスは1つですから、SS 20にイーサネット・
カードを2枚差してゲートウェイにしました。

 最初のころはDeleGateを使って運営していたのですが、「Linux
には、IPマスカレード [注8] という機能がある」ことを知り、こ
れに簡単なファイアウォール機能を持たせて、15台程度のLANを構
築しました。その内訳は、SS 20(Solaris 2.x)×1台、PC/AT互
換機×13台(Linuxが12台、Windows 95が1台)、数値計算用DEC
Alpha×1台(Linux)です。私自身は、これとは別にIPアドレスを
1つもらってLinuxマシンで使用しています。

Y:'94年のLAN構築時には、当時、学部生だった広瀬さんが活躍さ
れたそうですね(コラム参照)。

K:当時、学部生だった広瀬に約250万円のSS 20をポンと渡して、
「好きなようにしろ」といいました。いま考えてみると、それで何
とかなったのは広瀬にセンスがあったからなんでしょうね。放って
おけば「自分の好きに遊ぶ」学生は、残念ながら年々減っているよ
うに感じます。

 私自身も、広瀬と一緒に苦労しました。ネットワーク環境は着任
する以前から使い込んでいましたが、すでに完成された環境であっ
たため、ネットワーク構築に関する知識は少なかったのです。「ネッ
トワークは難しいから素人が手を出すものではない」といわれたこ
ともありました。確かに、「素人がLinuxで気軽にネットワークに
接続して、誤った設定でドメイン全体の経路制御を壊す」事件が、
当時いくつかの大学で起こりました。

 それなりにネットワークの知識が増え、うまく運用できていると
思っていた’97年の夏、ネットワーク内に不正な侵入があり、大き
なショックを受けました。IPマスカレードを使って内部への侵入は
抑えていたのですが、ゲートウェイに関してはほとんど何もしてい
ませんでした。

  そんなある日、不正な侵入によって、ゲートウェイにわけの分か
らないユーザーを作られ、ログ・システムが破壊されたのです。破
壊される直前のログを分析すると、ユーザーの1人がログイン名と
同一のパスワードを使用しており、これを利用して侵入したようで
す。いったんログインできると/etc/passwdファイルが読めるので、
暗号化されているルートのパスワードの解読も(技術があれば)可
能ですからね。

Y:ユーザーに「ログイン名と同じパスワードを使わないでね」と
いったとしても、パスワードを決めるのは本人なので難しいですよ
ね。

K:IPマスカレードを使用すると、あまりにシームレスに使えるた
めに「内部LANを使っている」、「外部に接続されたマシンを使っ
ている」という感覚がなくなってしまうようです。もっと不便な環
境なら、ゲートウェイというものの意識も高まっていたのですが、
無意識に使える快適さが裏目に出たような気がします。その事件は、
大変教訓になりました。

 また、どこの組織でも問題になっていると思いますが、システム
管理者の養成は難しいですね。好きでないといけないし、奉仕する
精神がなければいけない。自分で情報収集して冒険しないとダメ……
と、さまざまな要素が高いレベルで要求されます。本研究室にはド
クター・コースの学生はいませんから、学部4年生から修士2年生
まで、実質3年でどんどん人が入れ替わっていきます。入れ替わり
が激しいと、伝言ゲーム状態になってノウハウの伝達がどんどん薄
まってしまうんです。

 私と広瀬がLANを構築したときにいた学生が’97年3月に卒業し
て、事態が深刻化しました。ノウハウの伝達がそこで切れてしまっ
たんですね。下の学年に切実感がなかったことが大きかったようで
す。以前の私のように「完成された環境の下でただネットワークを
楽しむだけ」という状態になっていました。いまの管理者集団はバ
イナリ・パッケージをインストールすることはできますが、自分が
どのようなソフトウェアを何のためにインストールしているのか、
あまりよく理解していないようです。だから、必要もないのにINN
 [注9] が動いていたり、逆に必要なものが入っておらず、インス
トールすればよいのに我慢している。ユーザーも管理者に文句をい
わない。私からすると、非常に不可解な行動なんですが(笑)。

 ネットワークがないところに、「必要だから作ろう」という場合
は頑張って作るからよいのですが、その後に入ってきた学生にその
モチベーションを伝えることはすごく難しいですね。それでも、学
生の環境は学生自身に維持・運用させています。というのも、技量
は所詮自分自身で上げるしかないし、持っている技量以上のシステ
ムは結局維持できなくなってしまうからです。

 私はあくまでサポート役に徹して、ネットワーク構築の主担当は
学生にさせることにしています。ただし、学生に任せておくと、大
いに不満の残る環境ができ上がっていることもあります。「なんで
各マシンに日本語変換サーバーが起動されているんだ。どこか1つ
のサーバーを各マシンから使えばいいじゃないか。そんなことをし
ていたら、あるマシン上で単語登録しても、別のマシンを使う場合
には同じように単語登録しないといけないじゃないか」と一応叫び
ますが、絶対に手は出しません。情報は与えますが、本人が自主的
にやり始めるのを待つのが私のやり方です。ただし、やり始めたら
最大限にサポートしようと手ぐすね引いて待っていますが……。

 そのうち、いったん現在の環境をつぶして不自由な思いをさせ、
もう一度「一緒に構築する」必要があるようにも思っています。全
部なくしてしまわないと、切実感は高まらないでしょう。みんなの
切実感が高まらないと、意識のあるごく少数の人に負荷が集中して、
彼らの研究に支障が出てしまいます。


*Linuxの存在を一般企業にアピールする

Y:梶原さんがLinuxを使い始めた理由は何でしょうか。

K:’93年というかなり早い時期から、Linux上の商用ソフトウェ
アとしてReduceがあったからです。これはMathematica、Maple Vと
並ぶ数式処理ソフトウェア [注10] で、私はMS-DOSの時代から使い
込んできました。UNIX版もありましたが、WS自体が非常に高価なも
のでしたから、Linuxを導入してその上でReduceを使うようになり
ました。

 PC UNIXが普及した現在、とくに研究・教育機関では特定のアプ
リケーションを使う、あるいは数値計算マシンとしてハイエンドの
ものが必要な場合を除き、安定性、柔軟性、コストの面から、中級
クラスのUNIX WSを新たに導入する意義はほとんどないのではない
かと思っています。というのも、UNIXを搭載したPCと中級クラスの
WSではほぼ互角の性能であるにもかかわらず、導入コストや周辺機
器を含めた維持費は比較になりません。

 また、サン・マイクロシステムズのWS上でSolarisを使用したか
らといって、システム管理者の負荷が減るわけでもないでしょう。
ドキュメントの充実度やフリー・ソフトウェアのバイナリの提供と
いう面では、PC UNIXの方が優れているともいえます。たとえば、
LinuxのLDPやJFが提供しているドキュメント [注11] には、知りた
い情報が的確にまとめられており、ネットワーク構築時から重宝し
ています。

 長年、Linuxの恩恵を受けていて、「自分も何か貢献できないか
な」と思って始めたのが、’96年10月にスタートしたLUS(Linux
Users Survey)プロジェクト [注12] でした。

  「プログラミングが不得意な私が貢献できることは何だろう?」
と思っていたときに、あるメーリング・リストで「どうして、
Linuxには一般の日本語ワープロがないのだろう? 欲しいよね」
という話になりました。PC UNIX用の商用日本語ワープロが販売さ
れないのは、「日本でのLinuxの存在やユーザー数が明確になって
いないことが原因の1つだろう」ということになり、ユーザー数と
要求の統計をとってみることになりました。これによって、「これ
だけのユーザーがいるのだから、商用ソフトウェアを販売すれば需
要がありますよ」とメーカーに働きかけることができると思ったか
らです。

 私はプログラミングが大の苦手ですが、メーリング・リストやニュー
ス・グループを見て「ネットワーク上のだれかが同調してくれるだ
ろう」という都合のよい考えを持っていました。メーリング・リス
トで切り出すと、予想どおり「やりましょう」といってくれる人が
何人かいました。メンバーの中には、PerlでCGIプログラムを書く
のが得意な方もいらっしゃって、プログラミングの手助けをしてく
れ、ようやくアンケートが準備できたのです。

Y:ネットワーク上の人と一緒に(ボランティアで)、何かプロジェ
クトを進めるためのコツを教えていただけますか。

K:だいたい、以下の4つでしょうか。

・まず、流れを見極める(自分のやりたいことが、世間で必要とさ
  れているかを考える)
・とにかく大声をあげて、旗振りをする(強い意志と信念を持つ)
・協力者に対して、作業を義務づけない
・本業に余裕があるときにやるのがベスト

 LUSプロジェクトのおかげでアンケート結果が役に立ち [注14]、
またPerlも学べて一石二鳥でしたね。ネットワーク上で、突然「○
○について教えてくれ」といっても嫌がられるだけですが、「こん
なことがしたいから協力してほしい」といえば、それが世の中の役
に立つ場合は協力者が出てくるものです。ただ、一歩目を踏み出す
ときには、勇気が必要ですが……。

Y:分かります。「無視されたらどうしよう」と、不安になります
よね。

K:もちろん、「やろうよ」といって反響がなかったものもいっぱ
いあるんですよ。しかし、このプロジェクトは、私が最初思ってい
たよりもはるかに意味のあるものだったようです。また、会ったこ
ともない人との一体感も味わいました。経験したことのない人には
この感覚が理解できないみたいで、家内などは私が画面に向かって
一喜一憂するのを不思議がっています:-)。

 とにかく、プログラムもロクに書けない素人でも貢献できるのが、
Linuxコミュニティの素晴らしいところです。「育とうとしないタ
コ」さんや「お客さまは神様タコ」さんは困りますが、「タコは育
てよ」という言葉もあるくらいですから。私も、プログラミング面
では「まったく育たないタコ [注15]」ですが、向き不向きがある
ということで勘弁していただきましょう(笑)。

 まだ、大多数のLinuxユーザーがLUSのページに登録してくれたわ
けではないと思うので、今後とも協力を呼びかけていきたいと考え
ています。私自身、Linuxのシステムの安定性、高い機能、またユー
ザー層の高い技術レベルや新しいものを育てていこうという意識の
高さ、さらに最近の爆発的な普及から見て、PC UNIX市場は魅力的
なものになり得ると思っています。

Y:広瀬さんの実施されているBUS(BSD Users Survey)と併せて、
読者の協力をお願いしておきましょう。


*社会現象として注目され始めたLinux/BSD

Y:そういえば、Windows 95のカウンタ・カルチャとしてのPC
UNIX、とくにLinuxに興味を持ち始めた社会学者もいるようですよ。

K:カウンタ・カルチャという言葉には、ちょっと抵抗があります
ね。カウンタ・カルチャというのは大元があり、それに対抗するこ
とでしか生きられないものでしょう。でも、LinuxやFreeBSDは、
Windowsが嫌いだから対抗してやっているわけではなく、自由に好
き勝手やっているだけで、どちらも別の文化なんですよね。

 Linux/BSD(Linux、FreeBSD、NetBSDなど)は、いろいろな意味
で「フリー」なわけです。ルールさえ守れば、あとは個人の責任で
何をやってもOK。ルールさえ守ればほかの文化も認めますが、ルー
ルを守らずに参加してくる、つまり特定のOS上でしか読めないメー
ルを送信するものには、迷惑な顔をせざるを得ませんね。

 また、信頼できる知名度の高い報道機関にPC UNIXの特集番組で
も組んでもらえば、すごく面白い番組になると思います。マスコミ
は、WindowsとMacintoshだけしか報道していないでしょう。そのた
め、一般の人のほとんどがLinux/BSDの存在を知りません。でも、
「とくにLinuxは当時10代の学生(Linus氏)が書いたもので、開発
や配布にインターネットを利用して大成功を収めた」というネタは、
ものすごく話題性がありますよ。「独創性」だの「多様性」だの
「インターネット」だの、受けそうなキーワードがいっぱい詰まっ
ていますよね(笑)。もちろん、Linuxが成功した理由には「彼自
身が天才だったこと」と「時期がよかったこと」もあると思います。

Y:会ったことはありませんが、Linus氏は性格もよさそうですし
ね。

K:私は、ロンドンのヒースロー空港で彼に会ったんですよ。偶然
ですが。

Y:えっ? 本当ですか。

K:’96年の夏、私は共同研究でフィンランドに行くために、ロン
ドンのヒースロー空港を経由しました。フィンランド行きの飛行機
を待っていると、近くで“Linux Inside”と書かれたTシャツを着
た青年が、彼女のひざ枕で寝ているんですよ。「Linuxはこんなと
ころにまで浸透しているんだ」と思って青年の顔を見ると、「おや、
どこかで見たことのある顔。あれ、Linus氏ちゃうか!」とビック
リしてしまいました。

勇気を奮って“Excuse me, but are you Mr. Linus Torvalds ?”
と聞くと、“Yes”という返事だったので、“I am your fan !!”
といいながら握手をしたり、うちの娘と一緒に写真をとったり、大
変でした。周りの人は「あの人、有名人?」、「いや、知らんなあ」
みたいな会話をしながら見ていくわけです。われながらすごい出会
いだったと思います。

Y:本当にすごいですね。先ほどの報道番組の件にお話を戻します
が、マスコミはあるところが報道し始めたテーマを、ほかも競争し
て報道する傾向があるので、いったん火がついてしまえばブレーク
すると思いますよ。そのために、われわれができることを考えませ
んか。

K:まずは、「Linux/BSDは、インターネットで生まれてきたもの
だ」というところを強調すべきでしょう。とくにインターネットを
積極的に利用して、そこでボランティア開発者を募って開発を進め
ていったのが、Linuxですからね。

 Windowsには、Windowsの文化があります。文房具として、だれに
でも簡単に使えるという文化ですね。さりげなく使いたい人には、
ちょうどよいのではないでしょうか。冒険しなくても、ある程度の
ことはできるわけですから、そういう意味ではとてもよくできたシ
ステムだと思います。それこそ、何も知らない私の家内でも、仕事
でExcelを使っています [注16]。

 一方、コンピュータで遊びたい人には、ソースが手に入る [注17]
Linux/BSDの方がよいはずです。ただし、文房具としてさりげなく
使いたい人や、冒険するのが恐ろしいという人には向いてないで
すね。自己責任の部分が大きいため、一歩踏み出す勇気がないと快
適に使えないでしょう。

 たとえば、スーパー・ユーザーになって何か設定を変更して起動
しなくなった場合には、自分で対処するしか方法はありません。自
分の技量以上の使い方をさせてくれない、残酷なシステムですよ。
積極的に使っているうちに技量は上がっていき、どんどんとすごい
ことができるようになるわけですが、冒険しながらでないと身につ
かない。

 Windowsは技量がなくてもそれなりに使えるわけで、挑発的な言
い方をすると「与えてもらえる文化」ですね。これは、現代の平均
的な若者には合っているように思います。

  いまの日本では、子供に対してほとんどがお仕着せの文化でしょ
う。子供が大きくなっても、親があれこれかまってくれますよね。
たいていの先生は一生懸命に工夫して教えてくれるし、それに従っ
ていれば何も分かっていなくても入試問題は解けるようになります。
だから、「どうして、こうなるのだろう?」とか「先生のいうこと
は本当かな?」と考える必要性が低下しています。私がかかわる最
近の学生さんには、学力よりもこういったセンスの不足が目につく
ようになりました。わざと嘘をいってみても本当に信じてしまって、
こっちが慌てるようなこともよくあります。これは怖いことですよ。

Y:塾にとって学生はお客さんだし、親からもらったお金で売れ筋
商品をポンと買ってくれる子供たちも、まさにお客さんですよね。
相手が、一生懸命に工夫して情報を与えてくれたり、より便利な環
境を提供してくれたり……。それに引き換え、Linux/BSDを使いこ
なすためには、お客さんではいられません。そもそも、UNIXは自分
で情報を収集したり、自分の判断で工夫して対処しないと使えない
部分が大きいですからね。まあ、そこがUNIXの醍醐味ですが。

K:これまでは何でもお客さんとして行動していた学生たちが、お
仕着せの文化で満足するのではなく、自分の力で歩く楽しさを覚え
て1人で勇敢に歩き出すようになれば、教育にかかわるものとして
成功したことになるのです。そのきっかけは学問だろうが、別のも
のだろうが、そんなことは私にとってどうでもよいわけです。PC-
UNIXは、経験の乏しい私でも学生たちに提示できる「きっかけ」の
1つなのです。

 自分たちの価値観にこもってしまえば、それはそれで幸せです。
でも、「一歩踏み出す勇気」と「必要性を自分で認識できるように
なること」で、より幸せになれると思います。しかも、ネットワー
ク上には活力のある人がたくさんいます。彼らと触れ合うことで、
大きな刺激を受けるはずです。

Y:私自身、ネットワーク上の活力のある人々から、常にいい刺激
を受けることで、積極的になれた [注18] ような気がします。

K:最後に1つ質問したいのですが、ルート訪問記の「ルート」と
は、どのような人を指しているのですか? 最近だと、PC-UNIXを
インストールすれば、その人はルート権限を持つことになりますよ
ね。

Y:連載をスタートしたころ [注19] は、「システム管理者やネッ
トワーク管理者を訪ねて、そのTipsを雑誌記事に!!」ということだっ
たんですが、最近は私の興味の幅がかなり広がって、その時期ごと
に最も興味のある方面の方を訪ねています。ネットワーク上でもか
なり深いところまで話し合いができるものですが、実際にお会いし
て話をすると、思いがけない方向に発展したりして、とても楽しい
です。今日の「文化論、教育論」がその一例ですね。

 今日は、興味深い話をありがとうございました。



[注1]  同志社大学

1875(明治8)年、新島 襄によって同志社大学の前身となる同志
社英学校が創立された。京都市の中心に位置する今出川キャンパス
に加えて、'86年4月には京都府南部に位置する田辺キャンパスが
開校した。田辺キャンパスでは、文科系学部の1、2年生と、工学
部、大学院工学研究科の学生が学んでいる。今回訪問したのは、こ
の田辺キャンパスである。


[注2]  応用数学研究室

同志社大学工学部には、知識工学科、電気系学科(電気工学科、電
子工学科)、機械系学科(機械システム工学科、エネルギー機械工
学科)、化学系学科(機能分子工学科、物質科学工学科)があり、
応用数学研究室は電気系学科に所属している。各研究室には、学部
4年生と大学院生が所属し、各々のテーマに従った研究実験を行っ
ている。


[注3]  ソリトン

ソリトン(Soliton)とは、粒子的な性質を併せ持つ一種の波動
(孤立波)。ソリトンどうしは衝突しても壊れず、幽霊のようにす
り抜けてしまう。同じ形を保ったまま移動するので、ノイズに対し
て極めて安定している。


[注4]  うれしいことなんですよ

「理論は役に立たないこと。実験は役に立つこと」という住み分け
がされている中で、「理論から本当の意味で新しい実用に結び付く
ケースもある」という例。


[注5]  ソリトンを使った通信方式

現段階では、数学的な基礎研究は終了し、すでにその応用段階に入っ
ている。しかし、伝統的な方式とは発想が異なるため、実際に役に
立つ技術となり広く利用されるかどうかは、いままでの技術との互
換性をはじめ、さまざまな要因が絡んでくる。


[注6]  研究室にいた広瀬

広瀬 拓さんは、同志社大学工学部電気系応用数学研究室OBである。


[注7]  MX

Mail eXchangerの略。DNSにおいて、メール・アドレスのドメイン
名から次の配送先となるホスト名とその優先順位の設定ができる。


[注8]  IPマスカレード

IPアドレスの枯渇、セキュリティ面への不安に対処するため、
Linuxに実装された技術。IPマスカレード(IP Masquerade)を使う
ことで、内部LANに接続した(プライベートIPアドレスを使う)ホ
ストからインターネットへアクセスする際、ホストの台数にかかわ
らず1つのグローバルIPアドレスしか必要としなくなる(詳しくは
本誌'97年11月号「プレイ・パーソナルLinux」を参照)。

プライベートIPアドレスとは、インターネットに直接接続しないネッ
トワークに限って使用できるIPアドレスでRFC 1597に定義されてい
る。グローバルIPアドレスと重複しない範囲のアドレス(クラスA:
10.0.0.0〜10.255.255.255、クラスB:172.16.0.0〜172.31.255.255、
クラスC:192.168.0.0〜192.168.255.255)を用いる。


[注9]  INN 

InterNet Newsの略。NNTP(Network News Transfer Protocol)で
の接続を目的として作られた、ネット・ニュースの配送システム。


[注10]  数式処理ソフトウェア

梶原さん自身、「Linuxで数式処理」というタイトルの雑誌記事
(Linux Japan Vol.5)を書かれており、Reduce、Mathematica、
Maple Vの比較や、Reduceの使用例をまとめている。Reduceの情報
は http://www.zib.de/Symbolik/reduce/ で入手できる。


[注11]  提供しているドキュメント

LDP(Linux Documentation Project)では、HOW-TOなどの豊富な
Linux関連文書を取りまとめている。JF(Japanese FAQ)は、
LDP文書を翻訳したり、日本オリジナルのドキュメントをまとめる
などの活動を行っており、もちろんすべてボランティアで支えられ
ている。これらのドキュメントは、その他のUNIXシステム
(FreeBSDなど)でも有効なケースが多く、Linuxユーザー以外も利
用できるだろう。


[注12]  LUS(Linux Users Survey)プロジェクト

Linuxのユーザー数と使用状況のデータを集計することを目的とし
たプロジェクト。集めたデータによって、PC UNIXの商用アプリケー
ションを販売するメーカーの数やソフトウェアの種類を増やし、よ
り豊かなコンピュータ環境を作り出すことを目標としている。


[注13]  画面1

Linux上で日本語化されたNetscape Communicatorで出力されている。


[注14]  アンケート結果が役に立ち

Wnn6 for Linux/BSDやdp/NOTE for Linux/BSDの発売が決定したの
は、LUSプロジェクトによって、Linuxユーザーの人数と希望事項な
どがある程度明確になったため。


[注15]  まったく育たないタコ

実は、筆者自身もプログラミングは不得意。数学者である梶原さん
の不得意発言に、「私も数学は苦手ではないのに、プログラミング
はダメなんです!」と同調し、梶原さんにプログラミングが得意な
人と不得意な人がいる理由をお聞きすると、「プログラミングとい
うのは、手順が分かっていればすぐに書けるわけではなく、いった
ん抽象化するというステップが必要で、その次に式で表現するステッ
プがきます。プログラミングが得意かどうかは、抽象化が得意かど
うかで決まるように思います」との答えが返ってきた。 


[注16]  Excelも使っています

筆者もExcelぐらい使えないとまずいと思っているが、いまだに使っ
たことがない。町のパソコン教室に通うべきだろうか。


[注17]  ソースが手に入る

ソースとは、プログラミング言語の仕様に沿って書かれたコードの
こと。このソースをコンパイラ、インタプリタなどで機械語に翻訳
することによりコンピュータで実行可能となる。ソースが手に入る
ことによって、そのOSの内部構造が理解できるというメリットがあ
る。


[注18]  積極的になれた

積極的になれた筆者は、以下の書籍を発行した。:-)

佐渡秀治/よしだともこ 共著,「Linux/FreeBSDの日本語環境の構
築と活用」,ソフトバンク


[注19]  スタートしたころ

本連載が始まったのは、95年2月号である。すでに丸3年たってお
り、さまざまなルートさんを訪問した。


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コラム 

ネットワーク構築時の様子

 広瀬さんが応用数学研究室のシステム管理を担当するようになっ
た経緯などを、ご本人にお聞きしました。


 工学部は’94年度から田辺キャンパスへ全面移転となり、さらに
全学IP接続となりました。引っ越し直後、当時研究室にいらした中
村先生と梶原さん [注A] と私で、計算機とネットワークの構築に
ついて雑談していました。そのときの状況は、

・IPアドレスが少ししかもらえない
・研究室内のLANも存在していない(スタンドアロンで使用)
・SS 20(サーバー用)を導入予定

でした。当時、研究室で、

・計算機に興味を持っている
・ユーザーとしてのUNIX経験がある
・前年から在籍し、研究室のことが分かっている
・ヒマである:-)

といった条件を満たしていた私は、研究室の計算機環境の面倒を見
ることになりました。その後、SS 20を導入する際には、梶原さん
の「おい広瀬、おまえ暇だろ」という一言によって、当時あまりフ
リー・ソフトウェアが対応していなかった「Solaris 2.xベースの
マシンで対外接続サーバーを作る」といういばらの道を歩き出した
のです。

 作業をするうえで辛かったのは、「情報源がない [注B]」こと
でした。当時の同志社大学は「単にIP接続している」だけで、メー
ルのサポートは事実上センターのサーバーでのみ行われており、し
かも一般学生にはアカウントが発行されていませんでした。取りあ
えず、メールだけでもSS 20で受けられるようにしたかったのです
が、研究室設置マシンのMX [注7] がセンターにあるサーバーに向
けられていたため、外部からのメールを配送できずに断念した記憶
があります。また、ネット・ニュースはセンターにすらフィードさ
れていませんでした。このような状態ですから、「UNIX USER」の
記事と付録CD-ROMは非常に重宝しました。

 一方、この作業で得たものといえば、「UNIXとネットワークが使
えるものである」と認識できたことでしょう。それまで私は、(た
とえ技術的に優れていたとしても)UNIX系OSに特別な期待をしてお
らず、またパソコン通信にもあまり魅力を感じていませんでした 
[注C]。

 そこへ「UNIX+インターネット+梶原健司」という三位一体攻撃
を受けたわけです。最初は、CD-ROMのアーカイブを展開し、makeし
てインストールする作業を繰り返していました。ここで、「通らな
かったmakeを通るようにする」作業が、非常に面白く感じたのです。
その後、「最新のソフトウェアは、CD-ROMよりも先にネットワーク
上で配布される」ことを知り、Anonymous FTPで取ってきてはmake
するようになりました。

 そして、あまり期待していなかったUNIXのユーザー・インタフェー
スについても、CUIとしてbash、GUIとしてXを組み合わせると、か
なり使えることが分かってきました。これは、

・CUIでは、コマンドのタイピングやファイル名の指定が面倒だっ
たが、エイリアスや補完、入力履歴参照機能によって、GUIよりも
速く操作が可能

・MacintoshやWindowsでは面倒なキーやマウス操作と動作の割り当
て変更が、Xでは自由自在に行える。ウィンドウ・マネージャごと
入れ替えることも可能

ということに気付いたからです。実際には、上記のインタフェース
に加えて、

・エディタ/メーラーとしてMule(最近ではXEmacs)
・WebブラウザとしてMosaic(最近ではNetscape/W3.el/lynx)

の存在も大きな比重を占めています。

 私がUNIXのユーザーとなったり、ルートとしての経験を積むよう
になったのは、何といっても梶原さんのおかげです。彼の偉大さは、
「何もしなかった」ところにあります。言い換えると、「そこは頼
んだ。責任は持つ」なのです。いま考えると、それなりの賭だった
のではないでしょうか(就職してみてさらに実感しています)。


[注A]:私は、あまり「梶原先生」とは呼びません。これは、着任
当時の彼が、「いや〜、ついこの間までは学生だったしさ、先生と
か呼ばれてもピンとこないんだよね。それに、生意気な若僧でいた
方が暴れまわれるからいいんだよ」と言っていたことに起因してい
ます。

[注B]:現在では、ネットワーク上や書籍から有用な情報を得るこ
とが容易になりつつあります。

[注C]:CUIが嫌いだったのではなく、商用パソコン通信のコスト
は高かったこと、草の根ネットがホストごとに孤立していたことに
よります。

                                              (文:広瀬 拓)
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(UNIX USER誌連載「よしだともこのルート訪問記」より)
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