[Date Prev][Date Next][Thread Prev][Thread Next][Date Index][Thread Index]

第53回 Eric RaymondさんとLinuxマシン大量導入の京産大を訪問!



1999年8月号 UNIX USER誌掲載「ルート訪問記」の過去記事

第53回 Eric RaymondさんとLinuxマシン大量導入の京産大を訪問!

アメリカでオープン・ソース運動の立役者として活躍しているEric
S. Raymondさん [注1](以下Ericさん)が、5月下旬に来日され
ました [注2]。5月28日からの3日間は京都に来てくださり、1
日目は京都産業大学 [注3](以下、京産大)での講演を、残り2
日間は、京都・奈良で休日 [注4] を満喫されました。

講演会の会場となった京産大は、学生の教育用にLinuxマシンを大
量に導入したことでも有名で、いろいろな面から 注目度が高く、
Ericさんの講演会の併設イベントとして京産大主催で「教育システ
ム見学ツアー」 [注5] が実施され、Ericさんにも見学していただ
きました。

講演会は午後6時からでしたが、京産大の見学ツアーはその前の午
後3時と午後4時30分からの2回実施されました。見学ツアーの参
加者は、127名(一般参加者115名、取材関係者12名)。一方、講演
会の参加者は約200名で、そのうち見学ツアーにも参加した人は73
パーセントでした(後述の「アンケート」結果より)。

筆者は、この京都でのイベントの仕掛人の1人だったこともあり、
Ericさん、および京産大計算機センターの坪内 伸夫(つぼうち の
ぶお)さん(課長)、開原 潮(かいはら うしお)さん、工学部の
平石 裕実(ひらいし ひろみ)教授と話す機会がありました。そこ
で今回のルート訪問記は、このイベントの報告とインフォーマルな
取材、自分なりに考えたことなどを織り交ぜてお届けします。



*Ericさんも京産大の教育システム見学ツアーに参加!

 京産大の教育システム見学ツアーは、新規に導入されたコンピュー
タの概要説明、10号館での新しい情報処理教室とサーバー室の見学、
その後、200台のLinuxを遠隔操作 [注6] して仮想並列計算機とし
て動作させるデモという流れで実施されました。

 坪内さんによる概要説明は、主にコラムのような内容でした。

 概要説明のあと、小グループに分かれ、職員のガイド付きで、10
号館のネットワーク施設およびサーバー環境、クライアント環境を
見学しました。Ericさんも1つのグループに交じって見学され、常
に、取材陣 [注7] および一般見学者のカメラのフラッシュを浴び
ておられました(横にいた筆者もいっしょにフラッシュを浴びまし
た…)。

 見学ツアーの最後に、完全な遠隔操作により、教育用情報処理教
室のマシンを、研究目的で仮想並列計算機として使用するデモが実
演されました。

 まず遠隔操作によって、2秒おきにその教室のマシンが1台ずつ
起動され、Linux/Windows NTのデュアル・ブートの選択画面が表示
されました。デフォルトはLinuxで、何も指定しなければ、xdm [注11]
の画面となります。「デフォルトがLinux」と聞いたEricさんは、
非常に満足そうでした。

 そしてデモのハイライトは、“Parallel Real Machine”と題す
る、POV-Reyの3Dレイトレーシング画面を動かすデモでした。デモ
は平石裕実教授と黒住祥祐学部長がそれぞれ実施されましたが、そ
の日2回実施されたツアーのうち、2回目はともにうまくいき、参
加者から大きな拍手が出ました。


*Linuxの大量導入とオープン・ソース文化

私(以下Y):京産大の見学ツアーの実施、ありがとうございまし
た。

坪内さん(以下T):企業および一般向けの「情報教育システム竣
工記念」は6月30日に予定しています。今回は一足先に見ていただ
いたことになります。

デモは、数百台のマシンの遠隔電源管理と仮想並列計算機
(PVM:Parallel Virtual Machine)によって構成しました。今回は
200台を利用しただけでしたが、最大603台まで拡大できます。

遠隔電源管理はもともと、真夜中に仮想並列計算機をダイナミック
に構成するためのアイデアでしたが、マシン管理にも使えそうだと
いうことになり、遠隔からバッチ・ジョブ的にハードディスクの中
身まで触ってしまう仕掛けができました。

現在はLinux/Windows NTの両方のパーティションをドッカーンと送
り込んでいます。600台に対して、たった15時間ですべてのデータ
が送信可能です。

そして、Linuxの管理は、起動時に「特定のファイルがあれば実行」
する仕掛けを作って行っています。NFSをマウントしたあと、仕掛
けファイルを実行して、/etc以下のファイルなどを設定し、最後に
リブートするだけです。

ところで、別の建物のマシンも遠隔で管理していますが、そのため
にはLANにルーターが1台もないという構成でなければなりません。
京産大では、このようなLANを構築しているからこそ、別の建物か
らの仮想並列計算機としての利用が可能なのです。

Y:サーバー室の見学のときに気が付いたのですが、サーバーとし
てはFreeBSDが多く採用されていますね。

T:Linuxはアプリケーションが豊富で、クライアントとしては適
していますし、今後、LinuxはUNIXの主流になっていくでしょう。

ただ、膨大な数のパソコンを管理しようとすると、一定以上の負荷
がかかったときにも安定している必要があるため、FreeBSDを使っ
ています。

Y:LANの構築はもちろん、603台のLinuxとWindows NTの構成の作
り込みも、京産大の計算機センターがすべて担当されたそうですね。

T:はい。「万が一、今年4月の運用スタート時にシステムが動か
なかったとしても、納入業者には一切責任はない」ということが、
Linuxの導入を決めた当初からの約束でした。

私自身、Linuxを’93年から利用しているので、Linuxはどこが弱く
てどこが素晴らしいかが分かっており、不安はありませんでした。

逆に、京産大では長年、各種のUNIXワークステーションを利用して
きましたが、ソースが公開されていない商用OSにバグがあったとき
に、メーカーから「それは製品の仕様だ」といわれて、どうするこ
ともできない「やり切れない思い」を何度も経験してきました。

その点、オープン・ソースのPC UNIXでは、そのようなメーカーの
エゴともいえる理不尽な仕様はありませんし、バグの訂正もきわめ
て迅速に行われます。さらに、Linuxを支えるコミュニティの存在
や文化を学生に見せる [注21] のも価値があると考えています。


*講演会の翌日は奈良観光を満喫

講演会後の夜、実行委員との懇親会を楽しんだEricさんは、翌日の
土曜日とその次の日曜日、京都・奈良の観光を楽しまれました。

筆者が同行したのは土曜日の奈良観光で、「仏像に興味があるとい
うEricさんは奈良の大仏を見て感動されるに違いない」 [注22]、
「猫好きのEricさんは奈良の鹿を見て喜ばれるに違いない」 [注23] 
などの確信を持って、近鉄特急で京都から奈良に向かいました。

ちなみにその日のメンバーはEricさん、樋口千洋さん、Oliver
M. Bolzerさん、中元 崇さん、筆者の5名で、近鉄奈良駅から、猿
沢の池、興福寺、奈良国立博物館、奈良の大仏のある東大寺、東大
寺南大門の金剛力士像などを見物しました。

興福寺から奈良国立博物館へは数百メートルだったのですが、Eric
さんと筆者だけ、観光客相手の人力車に乗りました。「これは、
very old car in Japan」といいかげんな説明をしたところ、物知
りなEricさんに「人力車の起源は19世紀の中国で、ヨーロッパ人を
相手に始めたサービスだから、せいぜい100年ちょっとの歴史。old
とはいえない」と突っ込まれてしまいました。

このように書くと、Ericさんが気難しい人のように思えるかもしれ
ませんが、自分でいった発言に「ケッケッケッ」と、けたたましく
笑われる様子は、とても他人とは思えず(?!)、すぐに仲よくなり
ました [注24]。


*Ericさん、東大寺への奉納瓦に名文をしたためる!

さて、東大寺の大仏を見学し、大仏殿の出口付近の、お守りなどが
売られている場所に、東大寺への奉納瓦が置かれていました。1枚
千円で祈願メッセージが書けるのを見たEricさんは、即座にポケッ
トから千円札を出して筆で文字を書き始めました。

  29 MAY 1999
     MY WISH FOR
  PEACE AND HARMONY
  AMONG ALL WHO WORK
  FOR FREEDOM −
  WHETHER IN SOFTWARE
        OR ELSEWHERE
  ERIC.S.RAYMOND


慣れない筆に墨をドボドボにつけ、手を墨だらけにしながら、当然、
筆も墨だらけにして、Ericさんはこのように書きました。このEric
さんの願い [注25] は、東大寺の屋根の上で叶えられるはずです。


*最後の最後にEricさんと雑談モードの取材を実施

実行委員として取材希望者の時間調整などを担当していた筆者も、
最後の最後にEricさんと話す機会を持ちました。

Y:今回、京都にきたいという話は、Ericさんの方から、日本に招
待される団体に申し出られたのですか?

Ericさん(以下E):具体的に「京都にきたい」ではなく、「どこ
か地方のユーザー・グループのメンバーと会う機会があれば、この
旅がより魅力的になりますね」という話をしました。

Y:思い出しました。Linux Users MLに「どこか地方のユーザー・
グループの方で、興味がある方はいらっしゃいますか?」というメー
ルが流れて、それに対して樋口千洋さんから、LILOとLLUG [注26] 
のMLに「関西に呼びませんか?」と呼びかけがあり、実行委員会を
作り始めたのです。

ところで、京都講演の前に東京で2回講演をされましたが、聴衆の
反応は違いましたか。

E:日経ホールの聴衆は、私の冗談にまったく笑ってくれませんで
した。理解できなかったのか、理解しても笑わなかったのか分かり
ませんが、みんなの顔が石のようで、何をいっても表情が変わらな
かったのです。翌日のACMの聴衆は、まあまあ笑ってくれました。
京都では、非常にウケがよくて、大いに笑ってくれましたね。

とくに「多数決で後半のテーマを決めます」 [注27] と採決をした
ら、人数が同じぐらいだったので、コイントスで決めたときには、
ものすごく笑ってくれて、あれで会場のムードがかなりよくなった
と思います。

Y:そうですね。ところで、講演の内容は、ほとんど同じだったの
ですか。

E:はい。場所によって多少変えたりもしましたが、基本的には同
じです。京都講演で後半に話したビジネス・モデルについては、近
日中に公開される“The Magic Cauldron” [注28] でも明らかにし
ています。この論文はそれだけではありませんが……。


*なによりも大切なのは事実

Y:Ericさんは、「should(推測したり、仮定したりすること)よ
りも、fact(事実)が重要」といわれていましたね。

E:はい。「The facts always win in the end.(最後には、必ず
事実が勝つ)」だから、事実に対して戦おうとはするな、というこ
とです。

Y:Ericさんの論文は、事実を事実と認めて、それを理論づけてい
ると思いますが、いろいろな学問分野をまたぐ研究といえますね。

E:はい。生物学、社会科学および人類学、経済学の交差する部分
が、私の研究だと思います。1つの学問分野で閉じてしまう研究は、
どうしても視野が狭くなってしまうと思います。たとえば、社会科
学などでは、まず仮説を立てて、それを立証するために研究を進め
ていくスタイルがとられますが、私は、事実を出発点として分析を
始めます。

Y:とても興味深いです。ところで、最近では、マスコミや社会学
者もLinuxに 注目し始めていますが、そのような人々はLinuxだけに
注目しているのが気になります。もともと、sendmailやApacheを始
めとする優秀なオープン・ソースのソフトウェアが山のようにあり、
その中にUNIX文化が根付いてきたからこそ、PC UNIXが生まれたわ
けですよね。PC UNIXはどれも、UNIX文化の1つなのに、Linuxだけ
を特別視するのは……。

 これまでUNIXを使ったことがない人は、どうしてもLinuxだけを
特別扱いしているようですが、それは間違っていると思うんです。

E:それは半分正解かもしれませんが、半分は誤解していませんか。
Linuxが注目されたのは、その開発スタイルが、ほかのPC UNIXとは
違ったからでしょう。Linuxが注目に値する存在だという点は間違っ
ていないと思いますよ。

 技術、機能面だけに注目するなら、「LinuxはほかのPC UNIXと同
じようなものだから、Linuxばかり注目されるのは変」と結論づけ
てもいいですが、社会学的に考えたり、一般社会の中でオープン・
ソースがどう発展してきたかに注目して考えるのなら、開発効率が
いいことが証明されているLinuxの開発スタイルに、一般の人が興
味を持つのは当然でしょう。

 Linux界にいない人がLinuxを分析する場合、カーネルに注目しな
いのは当然で、オープン・ソースの1つの成果としてLinuxを見る
方が、彼らにとって理解しやすいのですから、それでいいのです。

 それに対して、「UNIX文化をまったく知らないのね……」と歴史
的な説明を試みるのも悪くないと思いますが、彼らが知らないこと
に、失望する必要はないと思います。

 UNIXの世界をもっと理解してからいうべきだ! などと、彼らの
考えを正す必要はないでしょう。「Linuxは素晴らしい」と称賛し
ている単純な人々がいることを事実として受け止めればいいだけで
す。

Y:うーん。私の視野が狭かったという事実が発覚してきたような……
(笑)。

 テーマは変わりますが、最近、「インターネットを活用して仕事
がしたいんだけど……。あなたはどうやって見つけたの?」という
質問を、SOHOで仕事をしたい女性からよく受けます。私の場合、ネッ
トワーク上で、仕事かボランティアか遊びなのか分からないような
ことをしていた時期の活動が仕事に結び付いただけなので、いいア
ドバイスができないんですよ。

 1つ思い当たるのは、ハッカーの知り合いが多いということです。
自分とは違う集団と積極的に接することが、仕事を得るポイントか
しら……なんて感じますが、このあたりはどう思われますか?

E:それは私がここ数年、実践してきたことで、不思議なことでも
なんでもありませんよ。異なる組織の、あっちの人やこっちの人と
話しています。それはまっとうな戦略です。

 Norman SpinradというSF作家が、「It's always useful to be a
prince in another country.(違う国の王子様になるのが有益だ)」
といっています。すなわち、UNIXハッカーといるときは、経済学者
かビジネスマンのようにふるまい、ビジネスマンの前では、UNIXハッ
カーのようにふるまえばいいわけですね。違うグループでは高い地
位を持っている者としてふるまうことが大切です。

Y:うー、そういう戦略があったとは……。

E:いま私は日本という異国にいるわけで、まさに、「違う国の王
子様」状態ですよ。

Y:でも、私とかEricさんは、違う国にいるのが苦ではないタイプ
だと思うのですが、そういうのが苦手な人が、世の中には多いので
はないでしょうか。

E:それはそうです。違う国にいることが、だれにでも心地よい状
態ではありません。

Y:なるほど……。非常に興味深い話をどうもありがとうございました。


===================================================================

* 京産大に新規導入されたコンピュータの概要説明


 京産大では、 ’99年4月からLinuxとWindows NTのデュアル・ブー
トのPC/AT互換機603台、Macintosh107台、サーバー・マシン22台の、
合計732台が新しく導入されました。これまでのものと合わせると、
教育用コンピュータ1,300台 [注8] が、学生の情報リテラシー教
育および各学部の専門教育に利用されています。また、社会科学系、
人文科学系、自然科学系の学部があり、各学部の専門教育には複数
のプラットフォームを必要とするため、教室の各PC/AT互換機は
LinuxとWindows NTのデュアル・ブートにしています。

 新しく大量のコンピュータを導入するに当たって、コスト削減の
ために工夫した主な項目は、次の3つです。

@ LinuxとWindows NTのデュアル・ブートPC/AT互換機603台の管理
を1人で行うこと。具体的には、遠隔操作・保守(電源投入、自動
メンテナンス、電源断)や自動インストールを実現

A Macintosh107台の管理を1人で行うこと。具体的には、夜間に
サーバーのひな型ディスクとの同期処理、不要ファイルの削除や不
足ファイルのコピー、クライアント設定ファイルの均一化を実現

B 省エネルギー設計として、15インチ液晶ディスプレイ1024台の
採用 [注9] や、情報処理教室はすべて北側採光とし、太陽熱が入
らないようにしたこと

===================================================================

* 京産大のLinux導入とUNIX文化 [注10] とオープン・ソースに思
   うこと


 今回、京産大の関係者の方々からお話を聞いたことで、「京産大
にはLinuxを大量導入する環境や、オープン・ソースの環境を受け
入れる体制がすでにあった」ことを実感しました。

 まず、京産大では、学生は学部や作業内容に応じて、UNIX、
Windows、Macintoshのいずれかを使っていますが、以前から電子メー
ルの読み書きは、telnetでUNIXマシンにログインして行っていまし
た。つまり、Linux導入に関係なく、学生は当然のように、UNIXの
メーラーとして有名なmh-e(Emacsの上でのMH環境)を利用してい
るのです。学生用の操作マニュアルも、計算機センターによって非
常に充実したものが用意されています。

 次に、計算機センターが、UNIXをベースにしたシステムやネット
ワークの構築を一貫して実施してきたことです。専用回線を利用し
たUNIXネットワークが構築された時期が’87年と比較的早かったこ
ともあり、確実に技術力を蓄積していて、学部の研究室(とくに理
系の研究室)とのいい関係を築いている点が印象的でした。

 最近では、計算機センターのネットワーク構築や管理の業務をア
ウトソーシングして、外部の業者に完全に委託している大学の計算
機センターが多くなっています。これにも当然、長所はありますが、
その場合、UNIX文化や技術がセンター内に育ちにくいという短所も
あります。一方で、理系のコンピュータ系の学部、学科の研究室が、
UNIX文化や技術を持っているのはある意味で当然ともいえるため、
大きな大学ではセンターと各研究室とのギャップが大きくなってし
まうというのがありがちな現象です。

 京産大の計算機センターでは、以前から、学部を問わず、コンピュー
タに興味がある学生(ほとんどが学部生)がシステムのサポート部
隊として、大いに活躍できるように工夫されていました。

 たとえば、admin権限が与えられたサポート・グループは、学部
生、院生、教員、計算機センターの職員から構成され、このグルー
プのメンバーには、自分が使いたいフリー・ソフトウェアを
/usr/local/binに相当する共有ディレクトリにインストールするこ
とが許されています。センターが、ルート権限とは別にadmin権限
を用意することで、「このソフトウェアは、ほかの人にも使えるよ
うにしておくと便利だな」と思う者が自ら進んでインストールでき
ます。このような京産大の運用方針に、私はUNIX文化を感じました。

===================================================================

* Ericさん講演会レポート


 京都講演会は、主に関西地区の有志がボランティアとして立ち上
がり、実行委員会 [注12] を作って、協賛の京都産業大学から講演会場
を提供していただいたことをはじめ、多くの協賛・協力団体の協力
 [注13] を得て、参加費無料で実現できました。

 講演会参加者にアンケートをお願いし、162名の方から回答をい
ただきました。

1.参加者の職業

  学生:51名(31%)
  会社員:71名(44%)
  教員および教育機関の職員:22名(14%)
  自営業・自由業:10名(6.2%)
  そのほか、無回答:8名(4.8%)

2.参加動機(回答は1つだけ)

  Eric Raymond氏、および彼の論文に興味があったので:66名(41%)
  Eric Raymond氏がどのようなことをしている人なのかを知るため
                                                    :44名(27%)
  知人や先生に勧められて:33名(20%)
  上司からの業務命令で:3名(1.9%)
  そのほか、無回答:16名(10%)

3.性別

  男性:149名(92%)
  女性:8名(4.9%)
  無回答:5名(3.1%)

4.年齢

  10歳未満:0名
  10代:6名(3.7%)
  20代:74名(46.0%)
  30代:55名(34.0%)
  40代:15名(9.3%)
  50代:7名(4.3%)
  60歳以上:1名(0.6%)
  無回答:4名(2.5%)


 これらの問い以外にも、何を見てこのイベントを知ったか、講演
会への感想やEricさんへのコメントなどを、

「講演会アンケート集計」のページ
http://www.netfort.gr.jp/ESRlecture/stats/stats.html 

で公開しています。

 さて、Ericさんの講演会の様子は、奈良女子大学の大西三和子さ
んにレポートしてもらいました。大西さんは、’99年3月に「OS覇
権の行方 〜マイクロソフト vs. 米司法省 裁判を考察する〜」と
いう卒業論文を書かれています。

===================================================================

見学レポート:和やかで活気あふれるEric氏の講演!


講演タイトル:

「オープン・ソース革命」
(The Open Source Revolution:Software Engineering Might Finally Grow Up)

        奈良女子大学大学院 情報科学専攻 大西三和子


 ’99年5月28日、京都産業大学神山ホールにて開催されたEric
S. Raymond氏による講演を拝聴しました。いま、何かと話題のオー
プン・ソースの伝道者である彼の生の声を、しかも京都で聞けるな
んて、ボランティア・スタッフ(関西のLinuxユーザー・グループ
の有志を中心としたメンバー)によるご尽力の賜物です。

 当日は、併設イベントの京都産業大学情報教育システム見学ツアー
も開催され、講演出席者は約200名、インターネットを通じたReal
Video中継 [注14] も約200アクセスなど、たいへんな盛況ぶりでし
た。

 ところで、講演開始前、バタバタと忙しく走り回るスタッフの間
で、新撰組の「山」、「川」の合言葉よろしく交わされていたある
言葉をたびたび耳にしました。

    「Ericさんはいい人だ」 [注15]

 その言葉を裏付けるように、ユーモアとジョークに富んだ語り口
で講演は進められました。熱心に聞き入る聴衆からは話の途中でさ
え質問(これがまた、逐次通訳の方もタジタジになるソフトウェア
工学 [注16] 系の専門用語バリバリの流暢な英語!)が飛び交い、
それに対する彼の回答に会場はドッと笑いに包まれるといった、非
常に和やかかつ活気あふれる雰囲気でした。

 今回の講演内容は、オープン・ソース革命の歴史や将来が主体で
したが、ソフトウェア業界に多大な影響を与えたとされる彼の論文
「伽藍とバザール」にもあるように、Linuxがなぜこれほどまでに
成功を収めたのかという分析がとくに興味深かったので、あげてお
きたいと思います。


1.「ブルックスの法則」 [注17] を打ち破った最初の稀な事例だっ
   たこと
2. 常に外界からフィードバックしていること
3. リリースとリリースの間が短期間(1日)であること

 これをRaymond氏は「Linuxの法則」 [注18] と呼び、Linuxの場
合、「peer review」 [注19] がうまく機能したことにつきるとま
とめていました。

 講演後半はこれをビジネス面にどう生かすべきかという内容にな
り、とくにアカデミア以外の参加者から熱心に質問が出ていました。
質問の中で一番ウケたのは、次の質問の返答でした。

質問者: 「マイクロソフトは、Windows NTのソース・コードをオー
          プンにすると思いますか」
Ericさん(ゆっくり強調しながら):「I don't care!」(会場爆笑)

 このような調子で講演予定の2時間があっという間にすぎ、講演
後Raymond氏は熱烈なファンの「サイン」、「写真一緒に撮ってく
ださい」攻撃を受け、もみくちゃにされていたのがとくに印象に残っ
ています。

 なお、今回の講演に関するWebページ [注20] は、
http://www.netfort.gr.jp/ESRlecture/  をご覧ください。

===================================================================


[注1]  Eric S. Raymondさん

1997年に発表された論文「伽藍とバザール」の著者。この論文は、
自身が携わったfetchmailというソフトウェアの開発経験やLinuxの
発展を中心に、オープン・ソースのソフトウェア開発スタイルを分
析したもの。

論文「伽藍とバザール」は、山形 浩生氏による日本語訳が、
http://cruel.org/freeware/cathedral.html
で読める。


[注2]  Ericさんが来日

Ericさんは、日経BPとACM(the Association for Computing
Machinery)Japanによって日本に招待された。今回紹介する京都で
の講演以外に、東京地区で、日経BP主催のセミナー(5月26日)、
ACM(5月27日)、UBA(Unix Business Association)(6月1日)
で講演された。


[注3]  京都産業大学( http://www.kyoto-su.ac.jp/ )

京都市北区上賀茂にあり、経済学部、経営学部、法学部、外国語学
部、理学部、工学部からなる私立大学。


[注4]  1日目は講演、残り2日間は京都・奈良で休日

これを「Eric Raymond京都講演実行委員会」(以下、実行委員会)
のメンバーが担当。筆者もその一員。京都での講演会は、この「実
行委員会」が主催した。


[注5]  京産大の教育システム見学ツアー

5月28日に実施された見学ツアーの概要説明は、
http://www.kyoto-su.ac.jp/eric.htmlとして公開された。


[注6]  200台のLinuxを遠隔操作

すべての台数ではなく200台なのは、見学会当日が平日だったため、
授業で使われいてた教室のマシンは利用できなかったからである。


[注7]  取材陣

筆者以外の取材陣は、雑誌関係では、ASCII NT('99年8月号)、
Linux Japan('99年8月号)、Software Design('99年8月号)。
Webニュース系では、ASCII24( http://www.ascii.co.jp/ascii24/ )、
ChangeLog( http://www.changelog.net/ )、関西学生報道連盟 
神戸大ニュースネット、そして、京都新聞社、一般企業の広報誌の
担当者などが取材にきていた。


[注8]  教育用コンピュータ 1,300台

学生の総数は13,000人とのことなので、10人に1台の割合で、教育
用パソコンが用意されている計算になる。


[注9]  液晶ディスプレイ1024台の採用

液晶ディスプレイが本体の数の1.5倍なのは、学生の2人に1台、
教官の画面を見るディスプレイがあるため。本体が2台置かれた机
に、ディスプレイは3台置かれていた。

また、PCの寿命は約3年だが、机はもっと長期間使用するため、今
回、通常のCRTを導入し、次回のPC入れ替え時に液晶ディスプレイ
に替えると、机の奥行きが余ることになる。そのため、まだ高価だ
が、液晶ディスプレイを導入し省スペースを図ったとのこと。


[注10]  京産大のUNIX文化

実際、’95年にルート訪問して以来、何かと理由を付けて、筆者が
京産大の計算機センターに足を運び、知り合いを増やしたのは、そ
の文化が心地よかったから。


[注11]  xdm (X Display Manager)

Xサーバーの起動には、まずログインしてからstartx(あるいは
xinit)コマンドを使って起動する方法と、システム起動時にxdmが
自動起動するように設定する方法の2種類がある。


[注12]  実行委員会

実行委員は、お出迎え、講演会の司会・運営、Real Video中継、講
演の逐次通訳手配、カメラ担当、宴会幹事、広報、取材対応、日常
会話の通訳、受付、観光、会計など、あらゆる業務担当者(チーム)
を、自薦他薦で決定した。なお、「Eric Raymond京都講演実行委員
会」の主なメンバーは次のとおり(敬称、所属略)。

樋口千洋、よしだともこ、Greg Peterson、堀井友美、坪内伸夫、
開原 潮、中内博一、尾崎孝治、まちのさとし、渡辺正幸、たなか
としひさ、たなかこうじ、中本賢一、中元 崇、かねだちえこ、田
村秀夫、橋本喜代太、馬場 肇、法林浩之、中野博樹、安田 豊、す
ずきくりこ、Oliver M. Bolzer、酒井健。


[注13]  多くの協賛・協力団体

主催は、このイベントのために結成された有志による「Eric
Raymond京都講演実行委員会」。協賛は、ACM、京都産業大学、神戸
電子専門学校、 ネットビレッジ株式会社。京都産業大学からは会
場を、神戸電子専門学校とネットビレッジ株式会社からは、Real
Video中継の回線を提供していただいた。

また、協力団体は、以下のとおり。

Cobalt Users Group        http://www.cobaltqube.org/
日本Linux協会(JLA)      http://jla.linux.or.jp/
日本UNIXユーザー会(jus) http://www.jus.or.jp/
NetFort(netfort.gr.jp)
Linuxインストール勉強会大阪(LILO) http://lilo.linux.or.jp/
Ladies' Linux Users Group(LLUG)   http://llug.linux.or.jp/
若草OpenBSD友の会         http://www.openbsd.ics.nara-wu.ac.jp/wakakusa/


[注14]  インターネットを通じたReal Video中継

Ericさんの講演の模様は、実行委員のReal Video中継班によってラ
イブ中継された。そのときのReal Videoファイルは、
http://www.netfort.gr.jp/ESRlecture/Video/ から入手できる。
このReal Videoファイルを見るには、RealPlayer5.0以上を使用の
こと。


[注15]  「Ericさんはいい人だ」

ここだけの話(笑)、Ericさんがあれほど陽気で楽しい人だとは、
筆者をはじめとする実行委員は予想していなかった。Ericさんは、
28日の昼12:14着の「のぞみ」で京都駅に到着。実行委員の「お出
迎え担当班」が出迎えた。満面の笑みを浮かべながら新幹線から降
りてきたEricさんは、出迎えの1人1人に力強く握手してくださっ
たそうだ。そのころ筆者は、京産大の会場でアンケート回収箱を作っ
たり、ウケ狙いで「麗紋奴 衿久」という当て字の名札を作ったり
していた。Ericさんは、その名札をその日1日付けてくださった
(感謝!)。


[注16]  ソフトウェア工学

ソフトウェア工学とは、「ソフトウェアの開発工程に関する工学」
であり、ソフトウェアに関する工学の総称ではない。


[注17]  ブルックスの法則

遅れているソフトウェア・プロジェクトに人手を増やすと、そのプ
ロジェクトはますます遅れるという法則。プロジェクトの複雑さと
コミュニケーション・コストは、開発者数の2乗で増加するのに対
し、終わる作業は直線的にしか増加しないため。


[注18]  Linuxの法則

「十分な数の目玉があれば、バグは深刻ではない(Given enough
eyeballs, all bugs are shallow.)」


[注19]  peer review

異なる組織に属する同じ分野の専門家の批評。peerとは「仲間」の
意味で、同業のソフトウェア開発者を指し、直接面識のない方が適
当である。たとえば、同じ会社の同僚、上司、部下、あるいは顧客
のあいだでは、会社組織もしくは取引上の関係から率直な批評は寄
せられにくいし、正当なアドバイスであっても、プライドがじゃま
して受け入れられないようなケースもあることを示唆している。


[注20]  今回の講演に関するWebページ

今回の講演内容の最も詳細な文字レポートは、ChangeLogによる

「ESR in 京都!」
 http://www.ChangeLog.net/log/1999/special/esr/ 

である。これは、ChangeLogの田宮まやさんによるEric S. Raymond
氏のインタビュー、および京都講演の講義ノートである。インタビュー
からは「おちゃめでユーモアのあるEricさん」の素顔がガンガン伝
わってくる。講義ノートには、講演内容が非常に詳細に記述されて
いる。


[注21]  Linuxを支えるコミュニティの存在や文化を学生に見せる

京産大の学生は、Ericさんの講演会にも多く足を運んでいた。当日、
ボランティアとして運営を手伝ってくださった学生の方もいて、コ
ミュニティの存在や文化に興味を持っている学生を育てたいという
希望は実を結んでいるようだった。


[注22]  奈良の大仏を見て感動されるに違いない

仏像や禅に興味があるというEricさんは、奈良の大仏より先に立ち
寄った奈良国立博物館で、仏像(“statue of Buddha”)や法華経
(“lotus sutra”)の実物を、食い入るように見ておられた。知
識も相当なもので、私たちは教えてもらうか、退屈する始末。「日
本に来て、日本人が私の禅のギャグで笑ってくれないのがショック
だ。禅のことを知らない日本人はそんなに多いの?」と不思議そう
だった。しかも、Ericさんは過去に空手を9年間習っておられて、
段を持っている。最近、合気道も始められたそうだ。


[注23]  奈良の鹿を見て喜ばれるに違いない

猫好きで有名なEricさんだが、「ここの鹿は人なつっこすぎる」と
いわれただけで、鹿には興味がないようで、なでることも、せんべ
いをやることもなかった。


[注24]  すぐに仲よくなりました

Ericさんは、日本での日々が楽しかったので、アメリカに戻ったら、
「Eric's adventures in Japan(仮称)」をまとめるといっておら
れた。6月中旬、 http://www.catb.org/~esr/writings/no-sushi/
として公開された。


[注25]  Ericさんの願い:奉納瓦の名文の日本語訳

「ソフトウェアに関連しようがしまいが“自由”のために活動する
人々に平和と調和のあらんことを」(中元崇さん訳)。


[注26]  LILOとLLUG

LILO(Linux Install Learning Osaka)は関西地区のLinuxのユー
ザー・グループであり、LLUG(Ladies' Linux Users Group)は地
域に関係なく女性を中心としたユーザー・グループ。


[注27]  「多数決で後半のテーマを決めます」

次の3つから選びましょう。

(1)メイン・ストリーム・ビジネスにどのようにオープン・ソース
を広めていくか
(2)オープン・ソースのビジネス・モデル
(3)ジョークを話し続ける :-)

といわれた。(1)と(2)が同じ数だったので、コイントスされた結果、
Aについて話されることになった。


[注28]  “The Magic Cauldron” 

「伽藍とバザール」(“The Cathedral and the Bazar”)の続編
ともいえる、ハッカー文化の見えざる慣習を明らかにした論文「ノ
ウアスフィアの開墾」(“Homesteading the Noosphere”)、そし
て新作論文“The Magic Cauldron” (邦題:「魔法のおなべ」)な
どが、1冊の本として発行されるそうだ。これ以外に“The Art of
UNIX Programming”という本も予定されているそうだ。

===================================================================


(UNIX USER誌連載「よしだともこのルート訪問記」より)
http://www.tomo.gr.jp/root/ に戻る